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表計算ソフトによる会計記録システムの基本設計

 

寺 戸 節 郎

 

目 次

 

T はじめに

U 経済価値増減の記録
 (1)財フロー単位の記録手続
 (2)流入財の帰属主体別の記録手続
 (3)取引単位の記録手続

V 経済事実発生の記録
 (1)純資産の純増減の記録
 (2)純資産の増加,減少の記録
 (3)純資産の増加,減少の追加記録
 (4)実地棚卸差異の記録

W 資金の増減,増減事実の記録

X むすび

 参考文献

 

 

T はじめに

 表計算ソフトを用いた従来の会計システムモデルは,慣行的なマニュアル処理の手続を複雑なマクロ計算[1]によってパソコンによる処理に置き換えている反面,表計算ソフトの機能を必ずしも十分に生かしているとは言えない。本稿は,「簿記一巡の手続」を対象として,表計算ソフトの基礎的機能を活用した会計記録システムの基本設計を示し,従来のモデルに対する特質と適用可能性を考察する。

 

U 経済価値増減の記録

 (1)財フロー単位の記録手続

 財のフローが経済価値の流入を意味するとき,その財の経済価値を正の値として入力する。財のフローが経済価値の流出を意味するとき,その財の経済価値に負の符号を付して[2]入力する。財のクラス(勘定科目)別かつ経済価値の流入,流出別にこの手続き実行し,「合計関数」と組み合わせることにより,ある時点(たとえば(105))までのその財の流入合計,流出合計とその時点の残高を次のように[3]つねに示すことができる。

 

 (2)流入財の帰属主体別の記録手続

 流入する財がサービス提供や返済,代金支払いの義務をともなうとき,その義務の経済価値を負の値として入力する。サービス提供や返済,代金支払いの義務が履行されるとき,消滅する義務の経済価値を正の値として入力する。義務のクラス別かつ擬制された経済価値の流出,流入別にこの手続きを実行することにより,ある時点(たとえば110)までのその義務の発生合計,消滅合計とその時点の残高,さらに所有主に帰属する財の総体としての残高(純資産)を次のように[4]つねに示すことができる。

 さらに,ある時点(たとえば(110))とそれ以前のある時点(たとえば(100))の純資産の残高を比較することにより,その期間(たとえば(100)〜(110))の純資産の純増減(資本拠出額+純損益)額が明らかになる[5]。ただし,純資産の純増減額は会計記録には現れない。

 

 (3)取引単位の記録手続

 財のフローが意味する経済価値の増加,または減少と対価としての経済価値の減少,または増加の組み合わせ(取引)を単位として経済価値の記録手続きを実行する。これにより,ある時点までの純資産の純増減額を次のように[6]つねに示すことができる。すなわち,純資産の純増減額が会計記録から明らかになる。

 さらに,経済価値の増減を取引単位に記録することにより,経済価値の増加,減少の組合せが純資産の増減に結び付くか否かが明らかになる。よって,経済価値の増加,減少の組合せの全体から純資産の増減に結び付く組合せのみを取り出すこと可能になる。

 

V 経済事実発生の記録

 (1)純資産の純増減の記録

 経済価値の増加,減少の組合せが純資産の増減に結び付くとき,純資産の純増減事実(資本・損益)のクラス別に純増経済価値,純減経済価値にそれぞれ負の符号を付して入力する[7]。これにより,ある期間(たとえば100〜114)の純資産の純増減合計を次のように[8]源泉別につねに示すことができるので,純資産の純増減を構成する資本拠出額,純損益額とそれぞれの要素を会計記録から明らかにすることができる。

 

 (2)純資産の増加,減少の記録

 純資産の増減に結び付く経済価値の増加,減少の組合せ,とりわけ需要主体への供給のための財の流出,その対価としての財の流入の組合せの増加経済価値,減少経済価値にそれぞれ負の符号を付して純資産の増加,減少事実(収益・費用)のクラス別に入力する[9]。これにより,ある期間の純資産の増加合計,減少合計を次のように[10]それぞれ源泉別につねに示すことができるので,純損益を構成する収益額,費用額とそれぞれの要素を会計記録から明らかにすることができる。

 

 (3)純資産の増加,減少の追加記録

 財のフローないし純資産の増加,減少が現金およびその同等物や棚卸資産などのストック財のフローをともなわないとき,一定期間ごとにその経済価値を直接測定して経済価値の増加,減少を純資産の増加,減少事実と経済価値のクラス別に記録する。これにより,ある期間の純資産のすべての公式の増加合計,減少合計を次のように[11]それぞれ増減事実のクラス別に直ちに示すことができる。
 とりわけ,純資産の減少事実(費用)がクラス別に自動的に集計されるので,「売上原価」に見られるように純資産の減少合計を逆算する手続き,すなわち流入した財のストック額を財の対価としての支出合計から控除して流出した財の価額を求める手続きが不要になる。

 

 (4)実地棚卸差異の記録

 財の記録上の残高と実地棚卸高との間に食い違いがあるとき,経済価値の増加または減少を差異のクラス別に記録する。これにより,財のストックに基づく残高と純資産のすべての増加,減少の合計が財のクラスと増減事実のクラス別に次のように[12]明らかになる。クラス別のこの残高と純資産の増加,減少の合計に基づいて損益計算書,貸借対照表が作成される[13]

 

W 資金の増減,増減事実の記録

 財のうち現金およびその同等物(資金)の増減は経済価値の増減として記録され,増減内容は経済事実の記録および資金以外の経済価値の増減として記録されている。したがって,資金の増減と経済事実の記録および資金以外の経済価値の増減を区分することにより,資金の増減と資金の増減事実とをそれぞれのクラス別に次のように[14]示すことができる。
 財の対価の前払い,前受けの内容を示す記録,支出をともなわない費用の記録の消去,損益の構成要素を示す記録をこれに付け加えることによって資金運用表が作成される[15]

 

W むすび

 表計算ソフトを活用したこの会計記録システムは,経済価値増減および増減事実の記録において正負の符号を用いる。これにより,本システムの利用者がそれまで受けている数学教育との接続性を保つことができる[16]。利用者が会計について専門的な知識をもたない場合,本システムの使用を容易にするうえで重要である。
 加えて,本システムは加算,減算および「合計」という表計算ソフトの基礎的な機能のみを用いている。したがって,利用者によるシステムの作成や必要に応じたシステムの変更が容易である。
 また,本システムは2欄式の記録方式を踏襲していない。したがって,取引単位の記録が自動的に財ないし経済価値のクラス,経済価値の増減事実のクラス別の記録となっている。すなわち,取引単位の記録を経済価値,増減事実別の記録に変換(転記)する手続きを省略することができる。これにより,転記の煩雑さが解消され,転記にともなうミスの発生も回避される。
 さらに,本システムは経済価値の増減および増減事実を継続的に記録する。よって,すでに述べたように経済価値の増減,純資産の増減が自動的に集計されるので,費用の逆算のような煩雑な手続きが必要ない。その一方で、財の記録上の残高や純資産の増減合計がつねに明らかになる。このことは,迅速な意思決定を行ううえで重要である。もちろんこれらは表計算ソフトを用いた会計記録システムに固有の特質ではない。
 しかし,費用の逆算方式がとられる理由のひとつが流入と流出の頻度の高い財の経済価値増減の計算,会計記録の修正等に要する労力,費用を省くことにある[17]ことを考えれば,会計記録に表計算ソフトを用いることは継続的な記録に要する費用を低減させるので,継続的な記録を実行することを容易にするという特質をもつ。これらの意味で,本システムは表計算ソフトの機能を活用している。
 表計算ソフトを用いた他の会計システムと同じく,本システムでは専用の会計システムのような大量かつ高度の処理を行うことは困難である。よって、本システムは相対的に少量または平易な処理が行われる比較的小規模な経済主体における会計記録である。そのことからは,会計実践での利用とならんで会計および経営の専門教育用の教材としての利用も考えられる。

 

 参考文献

大矢知浩司「簿記愚考」『企業会計』40巻11号,1988年11月,4−7頁。
谷田英夫・谷田浩志『1−2−3会計』産能大学出版部,1990年。
    『1−2−3会計』産能大学出版部,1992年。
寺戸節郎「利益測定構造とその学習」『山梨大学教育実践研究指導センター研究紀要』1号,1993年4月,81−88頁。
    「利益計算構造と内部活動原価測定の特質(1)」『山梨大学教育学部研究報告』46号,1996年2月,114−121頁。
本田忠彦『Lotus1−2−3パソコン簿記』誠文堂新光社,1992年。

 

 


[1] たとえば,谷田[1990],[1992]を本田[1992]などを参照。
[2] 流入する非貨幣財の価値は対価として流出する財の価値に基づいて入力される。たとえば,101の「備品」は「現金(C4)」に基づいて「−C4」と入力される。
[3] 設例の100〜105の財フローの内容は,「元入れして営業開始」(100),「営業用備品を購入」(101),「商品を仕入れ」(102),「宣伝広告費用を支払い」(103),「当座預金に預け入れ」(104),「商品を掛け売り」(105)である。
 設例は設立当初の会計期間を想定しているので,増減合計が残高に一致する。翌期以降は「残高=前期繰越高+増加−減少」である。
[4] 設例の106〜110の財フローの内容は,「商品を仕入れ,一部を掛けとする」(106),「借り入れをし,預け入れ」(107),「商品を売り渡し,代金の一部を預け入れ,残りを掛けとする」(108),「売掛金の支払いを受け,預け入れ」(109),「小切手を振り出して買掛金を支払い」(110)である。
 このとき「ウィンドウ枠固定」機能を用いることにより,財または義務のクラスと対照する形式で追加された記録を容易に表示することができる。
[5] その際に資本拠出額が明らかになれば,投下された財(総資産)ないし純資産に対する純損益,すなわち資本の総体としての効率に関する情報が得られる。
[6] 設例の111〜114の財フローの内容は,「現金を引き出し」(111),「給料を支払い」(112),「通信費を支払い」(113),「利息と合わせ借入金を返済」(114)である。
[7]経済価値の減少と区別するために,たとえば,(100)の「資本金」は「純資産(計)(B19)」に負の符号を付けて「−(B19)」と入力される。
[8]これにより要素の正常性ないし経常性に基づいて純損益を段階的に区分することが可能になるので,損益の優位性や変動の要因の分析,損益の予測が容易になる。
[9] たとえば,設例の100の「資本金」は「純資産(増加:B17)」に負の符号を付けて「−(B17)」と入力される。
[10]それにより,営業収益(売上高)に対する段階的に区分された各損益の比率,すなわち活動効率に関する情報と投下された財(総資産)に対する営業収益の倍率,すなわち資本の総体としての活用効率に関する情報が得られる。
 設例の115の財フローの内容は,「保険料1年分を前払い」である。
[11]設例の121〜123の財フローの内容は,「保険サービスの受け入れ」(121),「給料の未払い」(122),「備品の減価償却」(123)である。
[12]設例の131の内容は,「貸倒引当金を設定」である。
[13] 損益計算書の「収益」欄および貸借対照表の「負債・資本」欄の数値は負の符号を表示しないので,「修正後残高」欄の値に負の符号をつけて入力する。たとえば,「買掛金」は「−AI125」と入力される。
 経済価値,経済事実の記録にこの考え方を適用することも可能である。ただし,その場合には経済価値増(減)と増(減)事実の記録の正・負(負・正),したがって借方・貸方(貸方・借方)が逆の関係にあることが度外視される。このことは,正負の符号を用いる記録方式と伝統的な2欄形式による記録方式との接合性をかえって損なう恐れがある。
[14]設例の141〜143の内容は,「前払費用の支出目的を明示」(141),「支出をともなわない費用の記録を消去」(142),「損益の構成要素を明示」(143)である。
[15] 「調達」欄の数値は負の符号を表示しないので,「修正後資金」欄の値にその後の記録の合計を加算した値に負の符号をつけて入力する。たとえば,「買掛金」は「−AJ29−SUM(AO29:AQ30)」と入力される。
[16]慣行的な記録計算方式の数学教育との接続性および導入教育段階での問題点については,寺戸[1993,85頁]を参照。
[17] 情報処理環境の変化のもとで生じる慣行的な会計記録方式の情報処理の費用・便益上の不適合性については,大矢知[1988,5頁]を参照。情報処理の費用・便益の側面から見た会計記録方式の形成要因については寺戸[1996,114−117頁]を参照。

 

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