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住宅行政にみるインターネットの活用と住情報サービス

 

田 中 勝

山梨大学教育人間科学部 共生社会講座

m_tanaka@grape.kkb.yamanashi.ac.jp

 

概 要

 近年、地域住民の居住要求の把握や住宅施策の目標・内容等の公開を目的として、ホームページや電子メール等のインターネットを活用しようと考えている自治体が増えている。本稿では、地域の総合的・計画的な住宅施策として注目を集めている住宅マスタープランの策定過程を取り上げ、住民ニーズの把握や情報公開手段としてのインターネットの活用状況を把握するとともに、消費者の住まいづくりを支援する公的住情報サービスの現状と課題について考察したい。

キーワード:住宅マスタープラン、インターネット、住情報サービス

 

1.はじめに

(1) 研究目的
   近年、住まいづくりやまちづくりのあらゆる場面において、住民の主体的参加が求められている。住まいづくりに関わる地域住民の活動や交流を支援していくための手段(ツール)のひとつとして、インターネットの有効利用が期待されている。すでに一部の自治体では、住宅行政の内容・課題を住民に説明するためにホームページを開設したり、電子メールや電子掲示板を使って住民の意見を吸い上げようとする試みが始まっている(甲府市など URL=http://www.city.kofu.yamanashi.jp/)。
 本稿では、住宅マスタープランの策定時期を捉え、都道府県及び政令指定都市を対象に、住民の居住要求の把握や策定内容の公開におけるインターネット活用の実態、並びに行政が提供している住情報サービスについて明らかにすることを目的としている。

(2) 研究方法
  平成9年度までに住宅マスタープランを策定した47都道府県及び12政令指定都市(以下、県・市と呼ぶ。)の住宅政策担当係を対象にアンケート調査(住宅マスタープランにみる住情報サービスに関する調査、郵送配布・回収)を実施した。調査時期は1998年7月で、調査票の回収率は100%であった。

2.住宅マスタープランの策定におけるインターネットの活用

(1) 住宅マスタープランの策定とインターネット活用
 先に述べたように、地域の住宅施策立案過程において住民要求の詳細な把握は最重要課題であり、その対象・手段・内容をめぐって様々なアプローチが取られている。アンケート調査によると、住宅マスタープランを策定する過程で住民ニーズの把握や住民の主体的参加、マスタープランを含む住宅施策の情報公開について検討を行った県・市は全体の78%に達している。しかし、住民参加や情報公開を積極的に位置づけ、主要施策のひとつとして住宅マスタープランの中に盛り込んだ県・市は37.3%にすぎない。
 住宅マスタープランの策定過程において住民の意見を反映させるために何らかの機会を持った県・市は全体の42.4%で(図−1)、その具体的方法としては「住民意識調査」の実施が最も多い。このほかに「住民を策定委員に任命」や「住宅相談業務の拡充」などで対応しているケースが多い。「ホームページや電子メールの活用」例は三重県、川崎市、大阪市、北九州市などの少数例にとどまっている。これらの県・市では住宅マスタープランの策定後(及び策定時)にインターネットの活用に着手しており、住宅マスタープランの策定が住民の意見や要望を集めるきっかけとなったことがわかる。 

図−1 住宅マスタープランの策定過程における住民ニーズの把握と情報公開

図−1 住宅マスタープランの策定過程における住民ニーズの把握と情報公開

(2) 住宅マスタープランの公開
 住宅マスタープランの内容を公開している県・市は全体の86.5%である。公開の方法を具体的に見ると、「本報告書を希望者に配布」が64.4%、「住民向け小冊子・パンフレット・概要版を希望者に配布」が57.6%となっており、住民から求めない限り詳しい情報が伝わってこない状況にある。このほかに「住宅フェアなどのイベント」を利用して住宅マスタープランの内容を公開している県・市が20.3%を占めている。ただ、この場合は、イベント参加者のみが情報を入手できることになり、住宅フェアの最近の集客数が減少傾向にあることを考えると事業効果の面で疑問が残る。住宅マスタープランの内容を「ホームページに掲載」している県・市は山形県、愛知県、奈良県、佐賀県、横浜市、北九州市で、いずれも住宅マスタープラン策定後に取り組んでいる。

3.インターネット利用の問題点・課題

(1) HICシステムの概要
 HIC(Housing Information Center)はニューメディアを利用し、消費者が必要とする大量の情報を迅速に処理検索し、効率的に提供するシステムとして開発されたものである。モニターやプリンター、パソコン、キーボード、タッチパネル等で構成されたこの基本システム(写真−1)には、建築工事から公的住宅情報、住宅税制、住宅関連法律などハード・ソフト両面の幅広い情報が画像(文字・写真・イラスト等)形式で入力されている。HICシステムの多くは公共団体や地方住宅供給公社、住宅センターなどの窓口に設置されており、利用者はこれらの窓口を訪れることにより、住まいづくりに必要な情報を手軽に利用することができる(URL=http://www.hic.or.jp/hic.html)。

写真−1 HICシステムの構成例(ハウ・メッセ京都の場合)

写真−1 HICシステムの構成例(ハウ・メッセ 京都の場合)

(2) HICシステムの評価
 HICは、住まいづくりに関する総合的な情報を簡単な操作で提供するシステムとして登場した。アンケート調査によると、HICシステムは設置台数には地域差があるものの、ほとんどすべての県・市に行き渡っている。
 HICの利用層は「一般市民」が全体の66.1%を占め、住宅建設業者や設計事務所、行政担当者などの利用は15〜20%程度となっている。ハウスメーカーの利用は少なく、これは住宅展示場や研究所、ホームページ等による独自の情報源を有しているからだと考えられる。
 HICシステムに対する行政側の評価を見ると(図−2)、「利用者数に対して設置台数が足りない」という回答は少数で、「情報の更新頻度が遅い」、「利用者のニーズに見合った情報が少ない」、「システムを保守管理する人がいない」といった声が多い。公的住情報の整備は、量的整備の段階から消費者ニーズを踏まえたソフト面での充実を求める段階に移ってきていると言えよう。インターネットが行政の施策決定プロセスや家庭生活に浸透していく中で、HICの役割は大きく後退していくと考えざるをえない。今後は、インターネットとの連続性を確保し、開かれた公的住情報整備の拠点としてHICを位置づけていくなどの見直しが必要であろう。

図−2 HICシステムの評価

図−2 HICシステムの評価

(3) インターネットの活用状況
 住宅施策に対する住民の意見・要望を把握する手段としてホームページや電子メールを積極的に活用している県・市は全体の18.9%にすぎない。しかし、「検討中」を含めると、行政の約4割がインターネットの活用に関心を示している(図−3)。

図−3 住宅行政におけるインターネットの利用状況

図−3 住宅行政におけるインターネットの利用状況

 残りの約半数の県・市では、インターネット利用は「これからの検討課題である」と回答しており、運用上の効果や諸問題を具体的に検討していく時期に来ていると考えられる。下欄は、インターネット活用に関する担当者の自由意見をまとめたものである。システム管理上の問題や情報更新の頻度など、行政内部の問題を多く抱えている。さらに、「通信費が多くかかるため一般の家庭への普及が困難」、「インターネットを用いた広報は平等な情報公開にはならない」など、今後のネットワーク環境の整備状況を見ながら対応していこうと考えている県・市もある。また、「ホームページを公開しても利用者の意見が少ない」など、ホームページや電子メールの住民生活への定着性や施策としての効率性を心配する意見も挙げられている。

インターネット利用の問題点(自由意見)
・一般家庭からインターネットにアクセスする場合、通信費が多くかかり、
 一般市民への普及が困難であると感じている。
・ホームページへのアクセス、利用者からの意見が少ない。
・職員ひとりひとりが活用できるハード面の整備が必要。
・アクセスした人同士で情報交換できるようなものをつくりたいが、自由
 な書き込み に対してどのように秩序を保っていくかが難しい。
・システム管理者としての仕事の位置づけが難しい。
・情報のアップツーデートが十分でない。
・ホームページで公開するのに、コンテンツ(素材、内容)を探し出して、
 加工する労力は大変である。
・現在、ホームページ上に「市営住宅のホームページ」を開設している
 が、入居者資格の試算ページ等は好評である。また、新築公募の案
 内などを掲載すると、ヒッ ト率は上がるが、常に内容を更新していかな
 いと飽きられるようである。
・情報を入手する手段として利用価値が高いと感じている。しかし、庁
 内のPCを外部と接続することは情報の安全性を確保することと相反
 するもので、行政内部にはハードルが感じられる。
・ホームページによる広報が住民に対する平等な情報伝達方法とは考
 えにくい。

 

4.これからの住情報サービスのあり方

(1) 住情報サービスの内容
 今後、行政として提供していきたい住情報サービスの内容をみると(図−4)、「高齢化対応住宅」が87.5%で最も多く、「行政の住宅施策」と「環境共生住宅」が各々66.7%で続いている。このほかにも「新築に必要な情報」や「住宅改善・建て替え」、「公営住宅の供給・管理」など、多面的な情報の提供が検討されつつある。地球環境時代や高齢社会を迎え、行政としても、ライフスタイルの変化や良質な住宅ストックの確保など長期的視点からの住民への住情報の積極的公開を検討しようとしている。
 しかし、民間ではあまり得られない「業者選び」の情報や福祉と連携した住まいづくりに関わる「福祉サービス情報」の提供についてはいくぶん消極的な面もみられる。

図−4 今後提供していきたい住情報サービスの内容

図−4 今後提供していきたい住情報サービスの内容


(2) 住情報の提供方法
 行政による今後の住情報サービスの提供形態としてはインターネットやマルチメディアの採用を検討している県・市が70.8%で最も多い(図−5)。同時に、HICを一定程度活用しながら、地域やユーザーのニーズに見合った独自の住情報の収集・整備・発信も考えられている。
 インターネットの活用については、その管理・運営にあたる専門的知識を持つ職員の確保が当面の課題となっている(図−6)。また、ユーザー側の問題点として、「利用できる(環境にある)市民が少ない」が挙げられている。

図−5 今後の住情報サービスの進め方

図−5 今後の住情報サービスの進め方(MA)

図−6 インターネット利用上の問題点や障害

図−6 インターネット利用上の問題点や障害

 

5.まとめ

 都道府県及び政令指定都市における住宅マスタープランの策定過程を取り上げ、住宅行政におけるインターネット活用と公的住情報サービスの現状について概観してきた。調査結果は以下のようにまとめられる。

(1) 住宅相談業務や住宅フェア等の住宅関連イベントは、その内容・方法・体制などの見直しの時期に来ている。具体的には、住宅関連業務は、そこに行けば具体的な話を聞くことができるが、1)いつでも行われているわけではなく、2)相談の内容によっては他の部所や他の公的機関に頼らなくてはならない場合もあり、得たい情報に到達するためにはまわり道が強いられそうである。住宅フェア等の住宅関連イベントも、1)企業の営利目的の営業の場になっていたり、2)地域のお祭りに近いものもあるなど、公正で客観的な情報を得るための機会としては現在のスタイルのままでは限界がある。
(2) これに対してHICは、ユーザー側からみれば、必要な情報を自由に閲覧できるという利点がある。行政もこれからの公的な住情報提供のあり方として、HICを柱にしてインターネットを活用していきたいという意見が多く、さらなる環境の整備が望まれる。ただ、現状では1)配置台数が少ないこと、2)情報がなかなか更新されないこと、3)消費者の多様な住情報ニーズに応えきれていないこと、4)運営・管理のための人員・人材の不足、5)市民生活におけるインターネットの普及状況などに難しさが残っている。
(3) 住民が、欲しいと思った情報をいつでも簡単に得られるように情報環境を整えることは重要であり、特に行政が発信する公正で信頼のおける住情報は消費者の適正な住宅選択を助け、望ましい住居観を形成していくことにもつながる。消費者の住情報に対するニーズを的確に把握し、民間の住情報サービスとのバランスを取ることが住宅行政に求められている。
(4) 住まいづくりに必要な情報の量的・質的整備とともに、消費者の情報を見る確かな目を育てていくことも大きな課題である。住生活の具体的イメージの把握とその実現に向けて、住情報を入手・選択する基準を養うための住教育の充実が必要であり、学校教育及び生涯教育の連携の中で模索されていく時期に来ている。

 

参考文献

(1)田中勝・久保加津代・園田陽子・金川久子:住宅マスタープランにみる住情報サービスと住教育に関する調査報告(概報)、1998年度日本建築学会大会(九州)パネルディスカッション資料集『住まいの地域性と住教育』、pp.79〜86、日本建築学会建築経済委員会、1998.9
(2)久保加津代:大分県における公的住サービス情報ニーズ−住教育における住情報の役割に関する研究−、日本建築学会大会学術講演梗概集F-1、pp.1187〜1188、日本建築学会、1998.9
(3)金川久子・田中勝・久保加津代:公的住情報サービスの現状と課題−47都道府県及び12政令指定都市調査の分析−、pp.673〜676、日本建築学会1998年度関東支部研究報告集、1999.3

謝辞

 本研究は日本建築学会建築経済委員会住宅の地方性小委員会住教育WGの研究活動の一環として行ったものである。本稿は、久保加津代氏(大分大学教育学部・教授)及び金川久子氏(山梨大学大学院教育学研究科家政教育専修)との共同研究の成果の一部を筆者が取りまとめたものである。関係各位に感謝の意を表したい。

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