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基礎教育

コンピュ−タ・リテラシ−

1 基礎教育

1.1 リテラシ−

1.1.1 目的

現代社会は,急激な社会構造の転換期にある.情報化社会さらに高度情報化社会といわれて久しい.情報化社会は,デジタル化した情報の量が増大し,それらが高速に流れるようになった社会のことである.また,それは新聞やテレビなどのマスメディアから一方的に流されてきた情報が,インターネットの普及,情報機器の高度化によって個人からも発信できるようになってきたことである.デジタル化した情報は,コンピュ−タに代表される機器類によって収集,検索,加工が自由に行われる.情報が,デジタル化したということはそれらを扱うメディアがこれまでの筆や紙からデジタル情報を扱うコンピュ−タに変わってきていることを意味している.

一般にリテラシ−は読み書き能力を指している.それは文章を理解する能力,伝達する能力,その手段である文字の読み書きを活用することである.われわれは,これまでの読み書き能力とともにコンピュータに代表される新しい機器類を使用する能力を身につける必要が生じてきた.これが,コンピュ−タ・リテラシ−である1.この能力を持たなくても一般生活はできるが,それを持たないことによって不利益をうけることがある.例えば,会社は,インタ−ネットによる情報の紹介を行うようになったため,それが使えない学生はその対応に困難をきたすことになった.このような状況は,これからますます多くなってくるだろう.

1980年代前半のコンピュ−タ・リテラシ−は,これまでのペンと紙に代わる読み書き能力であった.それが,ネットワ−クの発展とともに情報の流れが,双方向になってきたことにより,読み書き能力に該当するコンピュ−タ・リテラシ−だけでなくインタ−ネットに代表される双方向の情報の流れも考慮する必要が生じてきている.

山梨大学工学部は,入学してきた学年時に情報処理教育を受けるようなカリキュラムが採用されている.工学部では,半年あるいは1年間をかけてコンピュ−タ・リテラシ−の教育が行われている.ここでは,工学部物質・生命工学科が後期にコンピュ−タ・リテラシ−教育のために開講している情報処理及び実習を中心に報告をする.

 

1.1.2 実施内容及び利用ソフト

授業内容は,以下の通りである.授業回数が15回となっているのでそれにあわせて適宜授業を行っている.

1の内容は,90分/週×15であり,45分を講義として実習室とは別に教室を確保して当日の実習内容を説明する.残り45分間を実習室で課題を仕上げる実習に当てている注2.課題は,基本的に1週1報を義務づけている.授業内容は大きく分けて@コンピュ−タの基本操作,A文書作成,B表計算処理,Cネットワ−クとなっている.

1 授業計画

1.使用システムの説明と操作そしてタッチタイピング(2週間各自が実習する)

2.OSの基本操作とマウスの実習(ペイントソフト使用)

3.文書作成 その1(文字入力を中心に)

4.文書作成 その2(編集機能 インデント,複写,移動,フォントなど)

5.表計算   その1(デ−タの入力と合計,平均など)

6.表計算   その2(デ−タのグラフ化)

7.表計算   その3(簡易デ−タベ−ス)

8.アドインソフトの利用(数式処理,ワ−ドア−トなど)

9.インタ−ネット(ネチケットの説明)

10.電子メ−ル(winbiff

11.情報検索(図書検索含む)

12.電子ニュ−ス(news)

13.統合処理(作成したデ−タの他のソフトでの利用法)

14.ホ−ムペ−ジ作成 その1(文字中心に)

15.ホ−ムペ−ジ作成 その2(絵,写真,などの取り込み)

 

利用ソフトは,次のようになっている.エンジニアリング教室(T21)に用意された71台のコンピュ−タには,Windows NT workstation 4.0solaris2.0Operating System,基本ソフトウェア)が,インスト−ルされている.この授業では,OSは,前者を使用する.タッチタイピングは,TypeQuickを使用した.文書作成と表計算には,Microsoft Office97 Professionalに含まれるwordexcel(これらには,アドインソフトが含まれる)を使用した.インタ−ネットは,MicrosoftInternet Explorer 5.01AOLNetscape Communicator 4.7を使用した.電子メ−ルは,Winbiff v2.3を,情報検索には,OPACnewsを使用した.また,その他,ペイントソフトやエディタとしてメモ帳などをホームページ作成のために使用した.

 

1.1.3 効果

今回,各学生の自己採点評価によるアンケ−ト調査を実施したので,その結果を中心に報告をする.(アンケ−トの実施は,20011月である.)

アンケ−ト内容は次のとおりである.

設問1はタッチタイピングについて各自が目標とする程度を100%として現在の自身の到達度を%で評価する.また,現在の能力を100%としたときタッチタイピング前の力量を%で評価する.

設問2は文書作成能力について各自が目標とする程度を100%として現在の自身の到達度を%で評価する.また,現在の能力を100%としたとき文書作成能力実習前の力量を%で評価する.

設問3は表計算処理能力について各自が目標とする程度を100%として現在の自身の到達度を%で評価する.また,現在の能力を100%としたとき表計算使用前の力量を%で評価する.

設問4はネットワ−クで利用したい事柄と興味のある事柄について聞いている.また,ネットワークの利用において守るべきネチケット(ネットワークを利用する上で気をつけなければならないエチケットのことである)は何か聞いている.

設問5は各自が目標としているコンピュ−タ操作能力を100%としたとき,現在の到達度を評価する.

2クラス125名の学生が履修届を提出していたが,授業開始とともに9名がはじめから出席せずつづいて6名が次第に授業に出なくなり,現在110名が受講している.調査日に欠席した学生(11人)が調査対象から外れているので調査対象学生数は99名となっている.次に各項目について検討する.

 

「タッチタイピングについて」

タッチタイピングは,各自が目標としている程度(文字入力の速さ,キ−の位置を見ないで打つことをタッチタイピングという)を100%として現在の到達度を%で表わしている(図1a参照).また,授業を受ける前のタッチタイピングの力量についても聞いてみたが,42名が自己評価で20%以下であると回答している注3.授業後では多くの学生が,手元を見ないでキ−入力をしている姿が見られる.このことからもわかるように,59(60%)の学生が,50%以上の評価をしている.学生が獲得した5点満点での評価をみると,かなりの高得点を獲得している学生が多い(図1b参照)注4.4点以上を獲得した学生は,55人(50.0%)である.明らかにタイピングソフトによる実習効果が上がっている.3点以上獲得した学生は,110名中87名(79.1%)にのぼる.17名が,自己評価(図1a)からみると30%以下と低くなっているが,それがレポ−トの評価にも表われている と考えられる.タッチタイピングは,最後までやり遂げることが大切である.練習時間と打鍵速度との関係は,最初の間は能率が上がらないが,練習を途中であきらめたり,長い休憩を取らずに,最後までやり遂げることが,その能力を以後一定のレベルに保つために大事である.

 

「文書作成能力について」

授業前の各自の自己評価をみると,50%以下の評価をしている学生が,全回答者99人中84人(84.9%)いる.その中でも53人は10%以下と回答している.それが,授業後の自己評価をみると,10%以下は,2人だけで全体として活用能力が上がっている.レポ−ト提出状況をみると,期限を設定しているので遅延レポ−トは減点対象となっているが,それでも半数以上は,合格点に入る結果を得ている.文書作成に使用したソフトは,最終的に他のソフトで作成したデ−タを統合するものとしても位置づけられている.したがって調査時点では,それが課題に入ってきているので難易度が増している.その中での自己評価と考えると各自高い評価とみてよいだろう.このようにみると,現時点では学生は積極的に学習している.しかし,次回には前回実習したことを忘れていることも少なからずある.それゆえ,反復練習が大事であることも事実である.

 

「表計算について」

表計算の授業回数は,3回を予定し,その内容は,デ−タ入力,関数の使用法,編集機能,グラフの作成,そしてデ−タベ−スである.表計算活用のための自己能力評価についてみると,99人中85人(86.7%)が50%以下の評価をしている.授業後では,過半数が50%を超えている.特に,10%以下に53人(54.1%)いた学生は,わずか4人(4.1%)と減少している.この中には,デ−タの合計,平均値といった基本的な計算機能だけでなく罫線などの編集機能やデ−タのグラフ化,そしてデ−タベ−スの機能が含まれている.それらの総合的な活用能力も考慮されている.このソフトは非常に多機能であるため,学生はその全体構造を把握することにとまどいを感じているところがある.

 

「ネットワ−クについて」

本年度はネットワ−クの一部の授業(メ−ルとインタ−ネット)の順序を変えている.これにより学生は,いつでも自由に課題やその他のことについて早い段階から質問などをすることができるようになっている.早くからネットワ−クに慣れていることで時間の経過とともに使いこなせるようになっている.また,この項目については,平成8年度に行った調査注5と比較する.それによって,学生の利用傾向が明らかになると考えられる.

 

「ネットワ−クで利用したい事柄」について,図4をみてみよう.その内容は,情報収集が64.5%で他の項目を引き離している.つづいて,残りの項目は,情報検索,電子メ−ル,ニュ−ス,ホ−ムペ−ジ開設,情報交換そしてその他となっている.前回の調査注6と比較すると,傾向は同じであるが,情報収集に対する要求度は非常に高いものがある.情報収集がこれほど高い比率になった背景は,インタ−ネットが本格的に普及したこと,コンピュ−タの性能が飛躍的に向上したこと,気軽に使用可能なコンピュ−タが近くに用意されたこと,そして,毎回のレポ−ト提出のために資料収集を行わなければならないということがあげられる.また,電子メ−ルと電子ニュ−スは,新しい項目として出てきている.「電子メ−ル」と「ホ−ムペ−ジ開設」を「情報交換(16.1)」とみて前回調査と比較すると,今回の結果は比率の上昇が見られる.しかし,「情報収集」に比べると「情報交換」,「ホ−ムペ−ジ開設」と「電子メ−ル」を合わせたものは,4分の1と低い状況にある.これらの比率が同じ比率でなければならないという必然性はないが,学生は,これらを有効に活用しているとはいえないだろう.

 

「ネットワ−ク上にある興味のある事柄」について聞いたところ,多くの項目が挙げられた.最も高い比率を示している趣味(23.7%)は,その主な内容として「音楽」,「自動車」,「スポ−ツ」である.利用したい事柄の 中では高い比率ではなかった「電子メ−ル」と「ホ−ムペ−ジ開設」と「チャット」が合わせて33.8%となっている.「チャット」(5.9%)については,前回ではなかった事柄である.それは,11のみではなく多数の人々によるリアルタイムの情報交流の場である.最近,広がりを見せている電子商取引については,前回は通信販売という項目であった.それは,電子商店街で欲しい物を選んで購入することである.また,「電子オ−クション」は,多数の人との競争で競り勝った人が,欲しい物を購入するという新しいシステムである.「電子オ−クション」は,個人が気楽に参加できるという側面を持っている.彼らは,より新しいものに興味を引かれるようである.

 

「守るべきネチケット」についてみると,図6のようである.多くの学生が,「プライバシ−の侵害をしない」,「誹謗・中傷,名誉や信用を傷つけない」という項目に注目している.それに対して,他の項目については,低い比率(7%以下)になっている.授業では,上記の項目だけを強調してはいないが,身近な事柄であるための反応であろう.その他の項目は,新聞やテレビなどでニュ−スとして流れることがあるのでまったく知らないわけではない.学生は大学内のコンピュ−タを使用している限り直接被害を受けることが少ないから,不正アクセス,有害プログラム,不法行為などに対する注意が低いと考えられる.

 

「コンピュ−タ利用の総合自己評価について」

これは,学生自身が,目標としているコンピュ−タを使用する能力を100%として現在の到達度を自己評価したものである(図7参照).全体としての学生自身の評価は,自分は30%以下であると答えているものが44人(約40%)いる.先にみたタッチタイピング,文書作成,表計算といった各々の評価では,半数以上の学生が50%以上の評価をしている.それが,「コンピュ−タ利用についての総合自己評価」ではコンピュ−タを使用する複合操作が加わることによって各自が,自由自在にコンピュ−タを操るという状況には遠い.しかし,30%から70%の間に49人(約50%)がいるということから基本操作は身についているといえよう.70%以上は,6人(6%)いる.彼らは,基本的なコンピュ−タ活用能力を超える能力を身につけていると考えられる.彼らは,その能力を発揮して授業時間内にレポ−トを提出している学生である.「コンピュ−タ使用の総合自己評価」では,コンピュ−タの能力やその限界がどの程度なのか自分自身で見極められていないということがこのような自己評価となって表われていると考えられる.

 

 1.1.4 問題点と今後の課題

タッチタイピングができるということはコンピュ−タを日常の情報処理の道具として使用していく上で重要 であるが,2回の授業時間内に終了できるものではない.これは学生自身の自助努力によるところが大きい.2週間努力した学生はそれなりの成果を上げている.ところが,単調な作業であるため途中であきらめる学生も出てくる.彼らへの指導が今後の課題として残る.

文書処理では,Microsoft Wordが持つ機能があまりにも豊富なため基本的な機能を選んで説明していくが,その機能の所在や使用方法が分からず困っている様子がしばしばみられる.アプリケーションソフトを使いこなすには,一定のル−ルに従った操作方法があるので,学生はそれらを早く習得することと,くり返し反復練習をすることが必要である.

表計算処理も,文書処理と同様のことがいえる.これらのソフトは非常に高機能であり,わずか3回の講義でその内容を伝えるのは難しい.また,Microsoft WordExcelは,VBAと呼ばれるプログラム言語を持っているが,学生にこの機能を講義するには時間が不十分である.

ネットワ−クについては,学生は,「情報収集」に注意が向いていて「情報交換(電子メ−ル,掲示板,ニュ−スなど含む)」としての機能を重要視していないようである.受動的に情報を受けるだけではなく,より積極的に彼ら自身が情報の発信者としてネットワ−クを活用することを期待したい.本調査後にホ−ムペ−ジ作成が講義対象になったことでそれがどのようなものか,彼らは少し理解したようである.これまでの講義の時とは違ったより積極的な態度・行動が見られるようになった.調査前には理解できていないという事情を考慮すると当然と言える反応であるかもしれない.

全体では,90分/週×15回の授業回数の中で,基本ソフトウェアの操作に始まり,タッチタイピング,文書処理,表計算処理,ネットワ−ク(インタ−ネット・ホ−ムペ−ジ作成,電子メ−ルなど)を行っている.使用するソフトウェアがどれも非常に多機能であるため15回と限られた時間内で授業を進めるには工夫がいる.授業は計画どおり進める必要があるため,学生のために反復練習の時間が取れない.しかし,短い時間の中で学生はコンピュータとアプリケーションソフトの操作方法を身につけていかなければならないのが現状である.

 

 

1 リテラシーはそのほかにメディア・リテラシー(新聞,テレビなど)もある.

2 これまでの経験上,学生は,実習室での授業では目の前のコンピュ−タに注意が向いていて授業内容に集中できないことが多くある.そのために講義と実習の場所を別にしている.

3 設問1〜3は,副設問として授業開始前の各学生がもつ能力を聞いているが,ほとんどの学生は,低い評価をしているので初心者としてみていくことにする.必要に応じて数値は示す.

4 授業開始後,2〜3週間目にレポ−トの提出を求めたが,この時点ではレポ−トを提出した学生は110名であった.

5 林英輔,堤昭博,八代一浩「ネットワ−ク利用のための情報リテラシ−」pp.56−59『情報処理教育研究集会』「講演論文集」 平成8年12月 主催文部省 名古屋工業大学

6同上

 

主な参考文献

『知識社会の衝撃』1995年 ダニエル・ベル著 山崎正和・林雄二郎 他訳TBSブリタニカ出版

『高度情報化社会に向けた情報処理入門』1998年 横沢正芳 他5名共著 培風間

『新・コンピュ−タと教育』1997年 佐伯胖著 岩波新書

『パソコン自由自在』1997年 石田晴久著 岩波新書

『新情報化社会論』1990年 デビット・ライアン著 小松崎清介監訳 コンピュ−タ・エ−ジ社

『教育における情報科学』1990年 岡本敏雄著 パ−ソナルメディア

「コンピュ−タリテラシ−とインタ−ネット」『情報処理教育研究集会講演論文集』平成7年 林英輔 堤昭博 八代一浩

「ネットワ−ク利用のための情報リテラシ−」『情報処理教育研究集会講演論文集』平成8年 林英輔 堤昭博 八代一浩

 

文責 堤昭博 山梨大学工学部非常勤講師

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