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キャンパス情報システムの設計

山梨大学コンピュータ・メディア工学科
美濃 英俊
mino@csci.yamanashi.ac.jp
http://www.csci.yamanashi.ac.jp/

概要

2002年春に稼働予定の 「山梨大学キャンパス情報システム」の設計と実現について報告する。 このシステムの最終的な目標は「大学における情報流通の総合的な電子化」であるが、 今回はその手始めとして学生向けの電子掲示を中心とした機能を設計、実現した。 過去の電子掲示システム運用の経験と学生実態調査の結果をもとに、 多角的な発想で有用なシステムの実現を目指している。

キーワード: 電子掲示板、キャンパスグループウェア、コミュニケーションツール


はじめに

コンピュータネットワークの利用が社会に普及し、「電子取引」、 「電子政府」などという言葉が頻繁に聞かれるなか、 コンピュータネットワークを生み出し育てて来たはずの大学は、 今、社会の電子化にどう貢献しているだろうか。 そして、大学自身の電子化はどう進んでいるであろうか。 流行や商業主義に踊らされることなく、 真に有益な電子化とは何かに答え、自らお手本を実践してみせる。 大学はこの役割をもっと果たさなければならないと筆者は考えいるが、 我が山梨大学の現状は残念ながらお手本とは言いがたい。

2002 年春に山梨大学総合情報処理センターのメインシステムがリプレイス されるにあたり、 筆者は大学の総合的な電子化の試みを総合情報処理センターが先導することを提案し、 新システムに 「キャンパス情報システム(発案当時の名称は情報共有システム)」 が盛り込まれることになった。

このシステムの最終的な目標は「大学における情報流通の総合的な電子化」であるが、 開発期間、費用の制約などもあり、 最初の一歩として学生向けの掲示、 連絡システムに焦点を当てることとした。 本稿ではこの(サブ)システムの設計について報告する。


電子掲示システム

インターネット上には、 誰でも書き込める落書帳のようなものが溢れていて「電子掲示板」と呼ばれているが、 あれが大学の掲示板の代わりにならないことは言うまでもない。 本稿での「電子掲示システム」とは物理的な掲示板にとってかわり、 あるいはそれを補完し、 さらに物理的掲示板にはない利便性を加えて提供するものである。

筆者は過去にも電子掲示システムの試み[1,2,3]に関わって来たが、 その経験から言っても電子的な掲示システムの有効性を判断することは単純ではない。 以下に電子掲示の利点欠点をまとめてみる。

利点

·         掲示者、閲覧者ともに掲示板の場所へ行く必要がない。 自宅、帰省先、出張先などからも、掲示、閲覧できる。

·         掲示者は、掲示期限を意識し続けなくて良く、はがし忘れがない。 閲覧者は古くなった掲示を見せられることがない。

·         きめ細かな分類によって、情報の伝達効率を上げられる場合がある。

欠点

·         何らかの装置(PCや 携帯端末)が必要。 (物理掲示板なら手ブラでOK)

·         何らかの認証作業が必要。

·         一覧性が悪いかもしれない。 すべての必要な情報をチェックするのに手間がかかる場合がある。

·         表現力がある程度制限される。

·         もともとハードコピーで存在するものを掲示する場合には手間と装置が必要。

主に教職員が掲示者となることを考えると、 掲示側にとって「装置が必要」なことは、あまり問題ではないだろう。 しかし、オフィスに座わり続けているわけではない学生にとっては これが最大の問題と言える。 この問題にどう対応すべきかについて、 次節では学生実態調査に基づいて論ずる。


学生実態 アンケート調査

学生にとって便利な電子掲示システムを作るためには、 学生の行動について知る必要がある。 今回、 幸いにも山梨大学大学院の修士論文研究[3]で行われた調査結果を再利用させていただくことができたので、 これを分析してみよう。

なお、このアンケート調査は本報告のために企画、 実施されたものではないため、 質問内容や選択肢に不適切または不十分と感じられる点があると思われるが、 ご容赦願いたい。 また、データは全て文献[3] の研究によるものだが、 ここに示す分析、議論はすべて筆者固有のものである。

調査対象は、工学部(大学院含む)142人と教育人間科学部(大学院含む)102人 の計244人であった。より詳細な内訳は文献[3]をご覧いただきたい。 今回ご紹介する調査項目は以下の通りである。

  1. 現状の物理的掲示板の利用頻度、
  2. 大学内のコンピュータの利用頻度
  3. 携帯電話の所有状況
  4. 携帯電話によるメールの利用状況
  5. 携帯電話による Web の利用状況
  6. ノート PC の所有率
  7. キャンパス内での学生の存在密度分布
  8. 自宅からのインターネット利用状況

図1、図2は、学生が現状の(物理的な)掲示板を見る頻度を示している。 図1は学部(工学部と教育人間科学部)の掲示板をみる頻度、 図2はより細かい組織である学科(工学部)とコース(教育人間科学部) の掲示板を見る頻度である。 筆者が所属する工学部での実感としては、 学科の掲示板の方が利用されているように思われるが、 結果は学部のそれより低くなっている。 データが学部こと、学年ごとに分離されていれば、 より詳しい分析ができたであろうが、今回残念ながらそれはできない。

図1:学部掲示板を見る頻度

 

図2:学科、コースの掲示板を見る頻度

しかし、いずれにせよ結果は著者の想像よりかなり低かった。 大学の就学指導上は「毎日数回見る」ように指示しているはずだが、 週1程度で「なんとかなっている」学生も多いようである。 この結果は、 掲示板に実質的に要求されるリアルタイム性の目安を与えてくれる。 学生が見ていないところで、 どんなに迅速に掲示されても意味はない。 「学生の怠慢に合わせるとはけしからん」という声も出そうだが、 学生が頻繁に見ないのは、 それほど頻繁に情報が更新されないから、という可能性もある。

次に図3は学生が大学に設置されているコンピュータを使う頻度を示している。 この結果と図1、図2を比べることで、 大学に設置されたコンピュータで電子掲示を見ることが 学生にとってどれだけ「余計な面倒」になるかが見てとれる。

図3:学内のコンピュータを使う頻度

大学のコンピュータを「ほぼ毎日使う」、 「週2、3回使う」を合わせた 35% の学生は、 特に行動パターンを変えなくても対応できそうである。 しかし、 頻度がそれより低い学生にとっては 「大学のコンピュータで見ねばならない掲示」は「不便」に違いない。

大学のコンピュータを使うことによる「不便」を解消するために幾つかの方法についてここにまとめておこう。

  1. 大学のコンピュータをもっと簡単に使えるように配備する。 (ロビーや食堂などに自由端末を配備するなど)
  2. 電子掲示を電光掲示などして、学生が装置を持たなくても見れるようにする。
  3. 学生にノート PC や ネットワーク対応携帯端末などを携帯させる。 無線 LAN などによるネットワーク接続を可能にする。
  4. 学生の多くがすでに持っている携帯電話などで閲覧可能にする。

2. は電子掲示の「閲覧者側から見た利点」をいくらか軽視した考えだが、 掲示者のメリットは残るし、 少なくとも「不便」を感じる人を減らすためには有効である。

以上の4つの観点はいずれも相補的なものであり、 今回のキャンパス情報システムの構築にあたって4つの点でできることはすべて盛り込んでいる。

図4は携帯電話の所有率と利用するキャリアの内訳を、 図5には携帯電話でのメールの利用率を示した。 携帯電話によるメールは大部分の学生が利用しており、 これを掲示システムのインタフェースとして採用することで、 電子掲示システムの魅力は大幅にアップすると思われる。 この点は文献[2]でも実証されている。

図4:携帯電話の所有率

 

図5:携帯電話でのメール利用頻度(週あたり)

図6は携帯電話による Web 閲覧の利用頻度を示している。 学生が所有する携帯電話のすでに8割近くが Web 機能を備えており、 これを利用することは十分効果的である。 ただし、Web 機能は電話会社ごとに仕様が異なる点があるので、 図4に示されるような、 利用者の分布を意識する必要がある。

図6:携帯電話でのWeb 閲覧頻度(週あたり)

学生にノート PC を持参させ、使わせることはどの程度現実的であろうか。 図7よれば全体の 1/3 もの学生がノート型 PC を所有している。 現状ではノート型 PC と言っても必ずしも携帯性の良いものとは限らないのが問題だが、 2、3年の内に旧式なものは使われなくなり、 PC の携帯はかなり現実的になると予想される。 これに伴って、無線 LAN の整備が重要な課題となる。

図7:ノート PC の所有率

装置を持たない学生に対して電子掲示内容を掲示する場所の候補を考える上で、 図8が参考になる。生協店舗、学生食堂は有力な候補である。

図8:学生が立ち寄る場所

最後に自宅/下宿からのインターネットの利用状況が図9に示されている。 自宅から掲示をチェックできる利点を享受できる学生はかなり多いことがわかる。

図9:自宅からインターネットを利用する頻度


キャンパス情報システム(2002春)の概要

文献[2,3] などの研究成果と学生実態調査の分析を踏まえて、 今回実現するキャンパス情報システム(2002春)は、 以下の要件を備えた電子掲示システムとした。

携帯電話による閲覧のサポート

主要な機能は携帯電話から利用可能にする。ただし、 開発の都合上、当初は NTT Docomo 社の i-mode のみの対応とする。

電子掲示と連動する大型掲示装置の設置

磁気粉末を利用した「非発光型」の大型掲示装置を4台設置し、 休講、教室変更情報などを表示する。更新はおよそ2時間に1回程度(昼間のみ)行う。

無線 LAN の整備による個人 PC の利用促進

キャンパス内に 170余の無線 LAN アクセスポイントを設置し、 ほぼ全ての講義室をカバーする。接続に際しては認証とデータ保護のために VPN 技術を用いる。

情報の個人化

履修情報をシステムに一括入力し、 それを用いて当人に関係のある記事のみを掲示する。 その他の記事も検索により閲覧可能とする。

「時間割表」ベースのインタフェース(学生、教員)

授業をめぐる各種情報にすばやく簡単にアクセスできるようにする。

メールによる掲示インタフェース

教員、職員による記事の掲示(登録)は Web による他に メールによっても可能とする。

教官スケジュールの(選択的)公開

教官が登録したスケジュールを、学生や他の教職員から参照可能にする。 ただし、教官はスケジュールの「公開/非公開」を指定できる。

施設利用管理

定員、設備などを条件に空き教室や施設を検索できるようにする。

図10にシステムの概要を模式的に表した。 多様なアクセス手段を学生に提供している点が見て取れる。 また、図11には学生用のトップページのイメージを示した。 時間割表ベースのインタフェースのイメージがわかっていただけると思う。

図10:キャンパス情報システム(2002春)概要図

 

図11:学生用トップページ(イメージ)

システム仕様決定後、 システム開発は総合情報処理センターのシステムの受注者である NEC 社、NEC ソフト社が行った。 仕様策定の開始から約7ヵ月で完成の運びとなる予定である。


まとめと今後の課題

学生の実態調査と過去の電子掲示システムの運用経験に基づいて、 全学的な電子掲示システムを設計した。 間もなくシステム開発が終了し、 今後は実運用のなかで問題点の洗い出し、改良のサイクルが行われることになる。

「キャンパス情報システム」の最終目標から言えば今回のシステム実現は、 まだほんの第一歩である。今回業者が開発したシステムを土台として、 今後は大学の知恵と力を使って開発を進めることを計画している。 実現したい新機能、新システムのアイディアは尽きないが、 以下に当面する課題を挙げて、本報告を終ることにする。 これらはいずれも1年程度の期間内に実現することを目標としている。

ディレクトリサービスの構築とシングルサインオンの実現

現状では、ユーザが大学の PC から利用する場合、 PC へログイン後さらにキャンパス情報システムにログインすることになる。 この様な手間を省くためにも、 また学内の各種情報サービスを統一的に管理するためにもディレクトリサービスの構築を急ぐ。

i-mode(Docomo)以外の携帯電話 Web への対応

これは単純に開発期間、費用の制約から先送りになったものである。 技術的な困難は少ないので早急に実現する。

掲示内容メール配送サービス

ある条件に当てはまる掲示がなされたときに、 内容を携帯電話などにメールで転送するようにすることで、 掲示システムをチェックする煩わしさがなくなる。 文献[2]で提案、検証されているこの機能を盛り込む。

Web メールサービス

個人アカウントが使えない様な環境でも Web さえ使えればメールを利用できるようにする。

キャンパス PKI の構築

PKI(公開鍵基盤)を構築し、文書の暗号化、 電子署名による電子文書への権威づけを可能にする。 これによって例えば成績提出、閲覧のオンライン化などが可能になる。


参考文献

·         [2] 水野嘉仁、Web と電子メールを併用した電子掲示板システム、 山梨大学大学院工学研究科修士論文、2001年 3月

·         [3] 平岡慶也、自律型キャンパスコミュニケーションツール、 山梨大学大学院工学研究科修士論文、2002年 3月


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