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山梨大学新キャンパスネットワーク G-YINS

山梨大学コンピュータ・メディア工学科
美濃 英俊
mino@csci.yamanashi.ac.jp
http://www.csci.yamanashi.ac.jp/

概要

2001年(平成13年) 4月に整備された山梨大学の新しいキャンパスネットワークの概要を紹介する。従来のキャンパスネットワークと対比させつつ、その特徴と利点を明らかにする。また、将来のキャンパスネットワーク、キャンパス情報インフラのありかたについても提言する。

キーワード:キャンパスネットワーク、ギガビットイーサネット、レイヤー3スイッチ、キャンパス情報インフラ


歴史と名称

まずは新ネットワークの歴史的位置づけと名前の由来を紹介したい。図1は3代にわたる山梨大学キャンパスネットワークの変遷を示したものである。各ネットワークを特徴付ける技術的キーワードを合わせて示した。なお、歴史については本研究報告の「山梨大学キャンパスネットワークの歴史およびデータ伝送量の推移」も合わせて参照いただきたい。

図1:山梨大学キャンパスネットワークの変遷

各代のキャンパスネットワークについて簡単に紹介すると次のようになる。

初代

初代キャンパスネットは 1989年に一部組織による利用が始まり、その後徐々に全学的なネットワークへと発展していった。 1994 年には全学的かつ大規模な再整備がなされ、「本格的な」キャンパスネットワークとして完成した。核となった技術は FDDI(Fiber Distributed Data Interface) と 10Base-5 イーサネットである。初代ネットワークは2代目が稼働した後も、それを補完する形で 1999年までその役割を果たした。

2代目 S-YINS

1996年に2代目となる S-YINS(Super-YINS) が運転を開始した。そもそも "YINS(Yamanashi University Information Network System)" という名前はキャンパスネットワークだけを指すものではなく、山梨大学情報処理センターが運用している情報システム全体につけられた愛称である。しかし2代目キャンパスネットの運用にあたりこの愛称がネットワークのそのものの名前に転用されて、 S-YINS となった。命名法としては少々疑問が残るが、関係者の間ではこの呼び名が定着している。 "S-YINS" が新ネットワーク(のみ)の意味で使われることから、 "YINS" が初代ネットワーク(のみ)の意味で使われることもある。

S-YINS の基幹技術は ATM(Asynchronous Transfer Mode)、ファーストイーサネットスイッチである。 S-YINS 構築にあたって、キャンパス内の光ファイバー網が改めて整備された。この光ファイバー網は3代目にも引き継がれて活用されている。

3代目 G-YINS

3代目が G-YINS(Gigabit-YINS) である。名前には2代目の YINS をそのまま引き継いだ。"Gigabit" はこのネットワークが採用した基幹技術である "Gigabit-Ethernet"、あるいはその通信速度である "1 Giga bit/sec" を意味している。ギガビットイーサネットに加えて、レイヤー3スイッチの採用が技術的特徴である。 2001年 3月に運転を開始し、現在まですでに 1年余り運用している。


G-YINS の構造と特徴

G-YINS の規模と構造を模式的に表したのが図2である。ネットワークスイッチ(丸印)から放射状に回線を延ばす「スター型」構造を階層的に拡張したスイッチングネットワークとなっている。図では通信帯域は線の太さで、スイッチの能力は丸印の大きさで直観的に把握できるように示した。より具体的な機器の配置などについては 総合情報処理センターのページ を参照されたい。

図2:G-YINS 模式図

以下にこの G-YINS の特徴を幾つかのキーワードに沿って説明する。

ギガビットイーサネット

図の青い回線はすべて 1Gbps の帯域を持つギガビットイーサネット接続であり、一部、複数のギガビットイーサネット接続を論理的にまとめて 4Gbps の帯域を確保している。通信媒体(メディア)として中央の三角形部分には長距離伝送性能に優れたシングルモードファイバーが、その他の部分にはマルチモードファイバーが用いられている。ファイバーは S-YINS で整備されたものを活用しつつ、一部新設した。

レイヤー3スイッチ

従来、サブネットワーク間の橋渡し(ルーティング)は汎用プロセッサとソフトウェアが関与して行われて来たが、その機能をハードウェアで高速に実現したのがレイヤー3スイッチである。図ではレイヤー3スイッチは赤丸で示してある。3つの大きな赤丸が G-YINS の心臓部となるスイッチで、毎秒 15Mパケットのレイヤー3スイッチング能力を持つ Cisco社 Catalyst 6509 が配置されている。

先代の S-YINS と比べたときの 性能面での G-YINS の最大の優位性はこのレイヤー3スイッチの採用にあり、サブネット間通信の帯域は2桁ほど向上している。

レイヤー3スイッチに付記した数字は、そのスイッチに直接接続されているサブネットの数を表している。工学部キャンパスは、教育人間科学部キャンパスに比べ、およそ2倍のサブネットを持つため、サブネット密度が高い3ヶ所に小中規模なレイヤー3スイッチ(Cisco 社 C4003-L3 :スイッチング性能 毎秒 6Mパケット) を配置した。

階層構造

ネットワークの階層構造としては、センターに設置されたレイヤー3スイッチが最も上位(中核的)であり、各キャンパスの中心に位置するレイヤー3スイッチ(2台)が第2層を構成する。2層目のノードが2つ、という構造はバランスの良い階層構造とは言えないが、キャンパスの地理的条件、利用できるファイバー数の制限などから、このような構造になった。結果としてこれは S-YINS の構造を踏襲したことになる。

このような構成においては、センターのスイッチから両キャンパススイッチへの通信帯域がネットワーク性能のボトルネックになるため、先に触れたように G-YINS ではここに各 4Gbps の帯域を確保している。

工学部キャンパスのスイッチを補助する形で小中規模レイヤー3スイッチを配置し、さらに下層にはコスト性能費に優れたレイヤー2スイッチを多数配置した。

下層スイッチの増設

下層のレイヤー2スイッチを増設し、キャンパス内の「ネットワーク僻地」の解消を目指した。図3の S-YINS 模式図と比較していただければ、拡張の程度が感覚的に理解いただけると思う。

信頼性、可用性

全てのレイヤー3スイッチは電源が2重化されており、特に3つの中心的レイヤー3スイッチは、制御モジュールも2重化されている。

下層のレイヤー2スイッチについては、G-YINS では「質より量」を重視したため、下層部分の信頼性は S-YINS より後退した可能性がある。予備機を常時待機させ、障害時には交換で対応する。

全てのスイッチには無停電電源装置を付け、電源障害に対応している。

山梨医大との広帯域接続

近く予定されている統合を見込んで、山梨医科大学との間に 1Gbps の通信帯域を確保している点は特筆すべきであろう。 Cisco 社の 1000Base-ZX 技術により約 20Km の距離をギガビットイーサネット接続したことにより、両大学のネットワーク的「距離」は殆んどなくなったと言える。 この接続は、両キャンパス(現山梨大学と現山梨医科大学)間での遠隔授業や、音声通信(内線電話)の吸収に活躍する予定である。

S-YINS との比較

比較のために図2と同様な模式図を S-YINS について図3に示した。線の太さ、印の大きさなどで、性能を感覚的に比較できるようにしてある。通信帯域の向上、スイッチ増設の規模が見て取れると思うが、ここで強調したいのは「赤い丸の大きさ」である。図の赤い丸はレイヤー3スイッチまたはルータであり、これらはサブネット間の橋渡しを行う機器である。

S-YINS の ATM ネットワークは高いレイヤー2通信性能(サブネット内通信性能)を提供するが、サブネット間の橋渡し(ルーティング)は行わない。 ATM ネットワークはルーティングなし、かつ帯域の保証された通信が活用されることを期待して採用されたが、少なくともキャンパスネットワークにおいては、その相対的優位性は失われてしまったと言える。

ATM がサブネット間の橋渡しを行わないため、 S-YINS ではその作業は従来型のルータ(図上部の小さい赤丸)で行われた。キャンパス内のサブネット間通信はすべてこのルータを通ることになり、これが S-YINS のボトルネックとなっていたのである。

図3: S-YINS 模式図(参考)


今後の課題と展望

G-YINS の性能には将来を見越しても十分な余裕があり、またその広がりはキャンパス内の「ネットワーク僻地」を大幅に解消した。ネットワーク技術の進歩は常に目まぐるしいが、 G-YINS が長期にわたって山梨大学の情報インフラを支えてくれることを期待したい。

G-YINS そのものについての課題は感じられない。従ってここでは話題を膨らませて、キャンパスネットに関わる様々なレベルの課題、展望についてコメントしてこの小文を終えることにしたい。「キャンパスネットワークの紹介」という主題からはいくらか逸脱することをお許し願いたい。

対外接続

キャンパスネットが整備され、また「世界最速」をうたう Super-SINET が稼働するという状況の中で現在の山梨大学の対外接続(ATM 15Mbps)はバランスを欠いている。早急に 100Mbps 程度にはしたいところである。

無線ネットワーク

無線ネットワークは現在、山梨大学キャンパスネットの最もエキサイティングな話題である。キャンパスを 170余のアクセスポイントで網羅するシステムが 2002年4月に稼働し、本格運用を間近に控えている。

このシステムでは、無線ネットワークによる自由な接続性を提供しつつ、ユーザの認証や、盗聴防止などの課題に VPN(Virtual Private Network) 技術で対応しているのが特徴で、安全性、利便性、相互運用性を兼ね備えたシステムである。 無線ネットワークの利用が普及すれば、今まで思いもよらなかったネットワークの利用形態が発生してくることが期待される。

IPv6 対応

次世代ネットワークプロトコルである Ipv6 については、 IPv4 のアドレス枯渇への対応という側面よりは、端末の移動性や、セキュリティーの観点からの取り組みが興味深い。トンネリングなどを利用しつつ、IPv6 導入に積極的に取り組む必要があるだろう。

ディレクトリサービス

情報インフラを考えるとき、今後はよりソフト的な面を重視すべきである。そう言った面で、今特に整備が急務と言われるものにディレクトリサービスがある。ここ数年、学内の情報流通の電子化は各方面で進んでいるが、各種情報リソースとその利用権限を統一的に管理するシステムが必要となっている。

キャンパス PKI

ディレクトリサービスと並行して、キャンパス PKI(Public Key Infrastructure : 公開鍵基盤)も是非整備を進めるべきである。 PKI を使えば、機密文書の電子化や電子署名による電子文書の権威づけができる。この技術を使った新しいネットワーク社会の実現は大学が社会に先んじてお手本を見せるべき課題である。

キャンパスグループウェア、キャンパスコミュニケーションシステム

さらにアプリケーションよりの課題として、コミュニケーションシステムやキャンパスグループウェアの実現がある。すでに試みの第一歩は踏み出されているが、これについては本研究報告「キャンパス情報システムの設計」でご紹介する。


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