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学習ヘルプデスク支援システムの開発と評価

安藤 英俊

山梨大学総合情報処理センター

ando@ccn.yamanashi.ac.jp

概要

長野県塩尻市の情報プラザを拠点とする環境で、、 マルチメディアとネットワークを活用した学習システムおよび学習ヘルプデスク支援システムを構築した。 この学習システムは情報技術の初心者にも簡単に利用可能なものであり、教材の制作も簡単に行える。 学習ヘルプデスク支援システムは、学習者をサポートするヘルプデスク自体を支援するもので、 様々な質疑への応答の蓄積や検索も可能となる。 本論文ではこれらシステムの構築およびその有効性の評価について述べる。

キーワード:マルチメディア、学習支援、ヘルプデスク

1. はじめに

平成11年度の総務省「マルチメディア街中にぎわい創出事業」の補助を受けて、 長野県塩尻市に「塩尻情報プラザ」が整備された。 この塩尻情報プラザを中核とする塩尻インターネットの基幹設備と施設利用のインフラを充実させ、 情報通信の活用できる人作りのための環境整備を行うことが次の課題である。 このために最新のヒューマンインタフェース技術を利用し、 中高年や主婦等の情報技術初心者にとっても容易に利用可能であり、ギガビットネットワーク、 ディジタル専用回線などをシームレスに接続して全国に存在する良質なコンテンツが容易に制作・利活用できるなど、 利用・運用がし易いことを重視し、 多様な学習機会が提供できる学習支援システム(塩尻サイバーキャンパスシステム)を構築することとなった。 これにより、在勤地・在宅・公共施設等における情報リテラシーの向上や起業家育成等の自己学習のために、 ライブ講義映像やマルチメディア個別学習、情報探索などの操作・運用支援が行われ、 双方向コミュニケーションによる次世代遠隔学習システムのための技術開発が可能になる。 この事業の研究開発では、 最先端の情報通信技術の統合等に係る技術的ノウハウやシステム開発に係るノウハウ・データ等を取得するとともに、 実際の負荷の下での継続した運用データ等を収集する。 また、実際の利用に供した場合、利用者による評価等、利用状況についてのデータ収集も行う。

本研究は、通信・放送機構の実施している「長野県塩尻市マルチメディア・モデル研修事業」 でおこなっているものである。

2. 研修事業全体の概要

研修事業全体としては、学習専用サーバシステムの開発、学習ヘルプデスク支援システムの開発、 および分散協調データベースシステムの開発を年度毎に行ってゆく。

  1. 学習専用サーバシステム
  2. 学習ヘルプデスク支援システム
  3. 分散協調データベースシステム

2.1. 研究計画

上述した3つの研究項目については、表1に示す研究計画に従って順次開発・評価が行われる予定である。

表1:年度毎の研究計画

2.2. システム構成

本研究で用いるシステム全体の構成は図2のようになっている。 実験の拠点となるのは塩尻情報プラザであるが、 研究協力者である武蔵工業大学付属信州工業高校および株式会社SCCと高速なネットワークで接続されており、 各地点に図のような装置が配置されている。 これらの装置がネットワークを介して有機的に連携することによって、 学習支援サーバ、学習支援ヘルプデスク、分散協調データベースなどが稼動し、 本研究における様々な実証実験が行われてゆく。

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図2:全システム構成図(図をクリックして拡大)

本システムは、遠隔学習に最適な情報通信技術確立のため、ギガビットネ ットワークを介した遠隔地からのライブ講義映像、マルチメディア教材提供 環境、ヘルプデスク支援、良質コンテンツの有効利用環境を提供するもので ある。

システムは、「学習専用サーバシステム」、「学習ヘルプデスクシステム」、 「分散協調データベースシステム」で構成される。 システムを構築するために次のような要素技術を用いている。

  1. 映像配信・再生技術: LAN やギガビットネットワークを使って、講義映像などの配信・再生を行う。 アナログ映像・音声をデジタルデータに変換し、 TCP/IP を使用して映像・音声のリアルタイムな配信を可能とする。 また、ネットワークより受信した映像データを再生可能な形式へ変換後モニタ等への出力を可能にする。
  2. データベース連係音声合成技術: 質問に対する回答集データベースを構築し、検索で得られたテキスト情報を、 音声合成技術により音声化を可能にする。
  3. 分散データベース構築・検索技術: ネットワーク上に分散する学習情報データベースをXML 表記により規定し、 データベースとの関係を明確にするモデル化を行い、分散協調データベースでの管理を可能とする。

3. 実証実験

3.1. 学習専用サーバシステムの評価

すでに構築された学習専用サーバシステムについて、 以下の2つの項目に関して評価を行った。

  1. 学習効果実証実験 従来のCAIシステムに比較し、 フォーラムや映像配信など多様で最新の学習機能を有する本マルチメディア・ モデル研修システムの有効性を学習効果の観点から評価し、あわせて、 本システムの機能要素が学習効果に与える要因を、 プリテスト・ポストテスト及び学習履歴データから分析する。
  2. 利便性実証実験 システム機能の多様性、斬新性は、学習者に対する操作の複雑化などの負担となり、 機能性とのトレードオフになりかねない。 本システムは学習者に負荷をかけないインタフェースを提供していることから、 その効果について受講者アンケートを通じて検証する。

実験ではまず協力者である武蔵工業大学付属信州工業高校の学生を2つのグループに分け、 一方はマルチメディア教育システムにおける映像配信・フォーラム機能・キーワード検索を含む全機能を使用し、 他方は映像配信・フォーラム機能・キーワード検索を使用しないで学習した。 そして両方のグループに対して、プリテスト/ポストテスト、受講者アンケート、学習履歴の評価を行った。、

詳細な実験データはここでは省略するが、 本研究のマルチメディア教育システムにおける学習効果の実証実験から、 映像教材及びキーワード検索機能の利用が学習効果を向上させる要因になることが実証できた。 また、利便性実証実験から映像配信やフォーラム、 キーワード検索など学習者支援機能の付加による学習者の負荷やストレスも増加していないこと、 及びシステム性能が維持されていることが実証された。 さらに、キーワード検索機能の利用が学習効果と学習意欲に最も関連する要因であることが判明した。

一方、システム機能のうち、フォーラムは学習効果の向上にあまり寄与していないことが判明した。 これは、フォーラムの利用者が特定の学習者の利用に偏る傾向があること、 発言内容が学習内容とは直接関係しないものが多い傾向にあるという要因が考えられる。

3.2. 学習ヘルプデスク支援システムの実証実験

次に学習ヘルプデスク支援システム(以降、単に「システム」と呼ぶ)の評価を以下の要領で行った。
  1. 負荷軽減実験 システムにより、ヘルプオペレータ(ヘルプデスク従事者)への負荷の軽減、 回答の即時性向上がどの程度実現できるかを実証する。 回答作成開始から回答返信までの応答時間や、回答の品質などのデータを収集し、 負荷の軽減がもたらす効果について調査・分析する。
  2. 学習者への効果検証 システムにより支援されたヘルプオペレータからの回答が、 学習者にとってどのような結果をもたらすかを、回答の正当性、即答性等について計測し、分析する。 また、無機質な全システムの中で、唯一のヒューマンコミュニケーション部分であり、 メールによる回答、音声合成による回答が学習者にどのように影響するかを調査する。

塩尻情報プラザでIT 講習のサポートを行っているボランティア会の会員に対し、 学習専用サーバシステムにより、情報リテラシーに関する学習を実施したあと、 次のようにA群およびB群の二つのグループに分けて質疑応答時間を設けるという実験研修を実施した。

※システム内の回答集データベースの内容を印刷し、 学習者からの質問事項を調べやすいようにインデックスラベルをつけて冊子にまとめたものを用意した。 市販の書籍およびホームページによる情報検索も併用した。

実験研修は、A群、B群ともに約2時間で実施し、 その内の約1時間を質問受付時間帯として定め、データの収集を行った。

ユーザグループへの質疑応答以外に、以下の情報を分析した。

  1. 学習ヘルプデスク支援システムログファイル: 質問時間や回答時間、質問内容や回答集データベースの検索記録などを保持しているログファイル。
  2. 質問・回答記録簿(質問対応者用): システムを利用しない場合(B 群)の回答時間測定に利用するもので、 質問を受けた時間、回答を返した時間を記入するための記録簿。
  3. 質問・回答記録簿(学習者用): 学習者が質問を行い、回答が返ってきた際に、その回答が理解できたか否かを記録するための記録簿。
  4. 学習者アンケート集計データ: 学習ヘルプデスク支援システムを利用した質問・回答の効果などについて記入するアンケート。

実験で得られたそれぞれの詳細な内容については省略する。

3.3. 実験結果の分析・評価

3.3.1 ヘルプオペレータの負荷軽減・応答時間

実験研修では、質問内容に適合する回答が回答データベース内に少なかったため、 検索結果に手を加えてから回答を行う、もしくは、全回答内容を新規で作成するなどの作業が多く発生し、 応答時間が予想以上にかかってしまった (図3参照)。

図3:A群の応答時間

ただし、A群、B群を比較すると、前述のような状況にもかかわらず、 システムを利用した場合は、応答時間が短いという結果が出ている。 検索結果に手を加えるなどして回答しているが、それでも負荷軽減が実現できている (図3および図4参照)。

図4:B群の応答時間

電話での質問対応の場合、即時に応答する必要があるため、検索した結果、 質問の内容にほぼ一致したものしか回答できない。 多少意味の違う回答が検索されても、その場で編集できる機能はあるが、相手を待たせてはいけないという気になり、 即答せず、メールで別途回答という方法をとることが多かった。 結果的には効果的な負荷軽減ができたという結論には至らなかったが、プレ実験等を実施し、 実験研修用に追加したデータが検索結果として利用されることが多かったことから、 継続して利用していくことにより回答集データベースの充実が図れ、 応答時間が向上し、効果的な負荷軽減につながることは十分に期待できる。

3.3.2. 回答の即時性と正当性

ログに記録されている応答時間と、 質問・回答記録簿に記入された回答評価との関係を調査した(集計データは省略する)。 図5は「理解できた」回答の回答返信時間をグラフに表したものだが、 理解度の高い回答ほど回答返信時間が長くなるという結果にはならず、 回答返信時間が短くても理解度の高い回答を作成できている。

図5:「理解できた」回答の応答時間

3.3.3. 学習者への効果

もっとも手軽な電話や電子メールという手段を使って質問できる点の評価が 比較的高かった。また、学習効果の向上もあった(アンケート集計の詳細は省略)。 音声合成による回答については若干問題があった。 回答データベース内の回答は、メール用と音声用との区別がないため、 音声回答の際に説明口調ではなく、いかにも回答を読み上げているという印象があった。 ただし、アンケートによると、音声合成による回答は良好であったという回答はなかったが、 総括的にそれほど違和感がないという結果が出た (逆にヘルプオペレータ側が「学習者は違和感があるのではないか」という不安感があった)。

3.3.4. 効果と成果

システムでの質問に対する回答は、いくつかの条件はあるが、 ヘルプオペレータの負荷を減らすことができるものであることが実証された。

ただし、すべての教育内容に同等な効果が得られるわけでもないと考えられる。 ライフサイクルの短い教育内容においては、 事前に想定して作成した回答集データベースのヒット率が向上するまで利用されない可能性が高いため、 負荷軽減の効果はそれほど大きくないといえる。 逆に、ライフサイクルの比較的長い教育内容においては負荷軽減の効果は高く、時間とともにその効果は向上する。

平成11年度に整備した映像配信、学習専用ナビゲータ等の学習専用サーバシステムは、 平成12年度に実施した実証実験により、学習効果の向上と利便性、学習の継続性の高さが実証されている。 ただし、無機質なシステムの中で唯一のヒューマンファクターであったフォーラム機能が、 特定の学習者の利用に偏る傾向が多く、 多くの学習者に気軽に利用できるコミュニケーション手段にはなり難いという結果が出た。

学習ヘルプデスク支援システムによる質問・回答の仕組みは、気軽に質問でき、 即答性も高いことから、学習に安心感が生まれ、有効なヒューマンファクターであると判断できる。 また、今回の実証実験では、複数の学習者が同じ場所で同時に学習を行ったが、 自宅等での個別学習を行った場合の孤独感の払拭もできる。

映像講義、知識定着のために自習ができるマルチメディア教材、 学習をサポートするためのヘルプデスクの組み合わせは、 新しい教育スタイル創造の可能性と高い学習効果・学習意欲向上が期待できる。

4. まとめと展望

学習専用サーバシステムでも実証したが、コンピュータのみによる研修でも、 双方向性を活かすことにより十分な学習効果を得ることができる。 しかし、映像講義等を除き、人が介在しない教育は、孤立感や不安感を招かないとは言い切れない。 学習ヘルプデスク支援システムは、効果的なヒューマンファクターとしてのシステムであり、 ヘルプオペレータには負荷軽減という効果をもたらし、 学習者には学習意欲向上と孤立感の払拭という効果をもたらす結果となった。

今後は、分散データベースシステムを活用した学習効果を中心に実証実験を行う。 今後構築するシステムにより、学習者が望む教育内容をシステムが的確に提示することが可能となるため、 学習者が必要とする情報がシステムの活用により、今まで以上に独習しやすい環境が生まれる。 よって、この拡張されたシステムの効果の検証に加え、 その状態での学習ヘルプデスク支援システムに対する質問の傾向や、 回答集データベースの構築などについても研究する予定である。

最後に、本研究を実施するに当たりお世話になった山梨大学副学長伊藤教授、 株式会社SCC吉里氏・一色氏、塩尻情報プラザ金子氏に感謝する。

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