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教育機器を利用した講義・公開講座


教育実践総合センター 林 尚 示

1 はじめに

本稿では,教育機器を利用した2種類の形態の教育活動を実施した上で,双方を比較考察し,形態別の効果的な教育機器利用法について検討することを目的とする。

現在,講義や公開講座に教育機器を導入することにより,授業形態は従来と比較にならないほど多様な工夫が可能となった。ここでは,少人数学生対象の授業と,多人数社会人対象の公開講座という,形態の異なる2種類の教育活動を通して,それぞれの工夫と特色を明らかにしたい。

筆者はこれまでに,SCSとel-Netの比較研究 [1],公開講座での教育機器利用についての検討 [2]などを実施してきた。本稿では,これらの研究を継承しつつ,授業実施者の視点から,教育機器の活用について利点と課題とを検討してみたい。

まず,2002年度後期学部授業「授業研究実践論」と,2002年度エル・ネット「オープンカレッジ」の山梨大学公開講座「発達学入門と教育実践学入門」とについて概要を紹介する。次に,講義内容の専門性,講義のターゲット,受講者から講師への質問方法,質問のタイムラグ,会場数,会場間の接続環境という評価の観点を使用して,教育内容,教育方法,学習環境の各規準について検討する。

このような遠隔講義についての研究を推進するに当たっては,旧来の講義スタイルの抜本的変革が進行した後の効果的な教育についても展望に入れている。今後は,講義には旧来型の1会場1講義スタイルとともに,多会場1講義スタイルのものも増加していくものと考える。

2 教育機器を利用した講義

2-1 学部授業「授業研究実践論」の概要

筆者は学部授業で「授業研究実践論」を担当している。時間割番号は160002B,後期月曜日第3次限開講で単位数2単位の授業である。この授業は,教員免許状取得希望の2,3年次学部学生を対象学生としているが,原則として内地留学生等の履修も許可している。授業の目的は,学校で教師は何をどのような形態で学習者に伝えているのかという学校教育の根幹にかかわる問いの答えを模索することである。そして,教育の方法及び技術に関する実践的な力量形成を図り,授業の技術に関する知識と技能を身につけ,授業研究の目的・対象・方法に関する理解を深める。それらを通して,学生が将来授業研究を実践する際の基礎的な能力の育成を図る授業である。

授業の方法は,講義形式と演習形式の両方を採用している。なお,教員養成学部の授業であるため,附属学校との効果的な連携を図るために,附属小学校教諭1名および附属中学校教諭1名を教員養成実地指導講師という名目の非常勤講師として授業に招聘し,学生への実地指導を導入している。附属小学校教諭の場合は,附属小学校訪問,講義,授業見学という内容で1時間分の授業を実施している。附属中学校教諭の場合は,大学の講義室での講義という形態で1時間分の授業を実施している。

成績評価の方法については,出席状況および授業態度50点,期末試験50点の合計100点満点で評価される。テキストは,樋口直宏,牛尾直行,林尚示編著『教育課程・教育方法論』(学事出版,2002年)を使用した。


この授業の最大の特色は,毎回の授業で大学内の2会場をテレビ会議システムで接続して遠隔授業を実施した点である(図1)。これは,2002年(平成14年)10月に旧山梨大学と旧山梨医科大学が対等合併し,新「山梨大学」が誕生したこととも関係する工夫である。近年,地理的に距離のある旧山梨医科大学から本授業の受講のために学生が通っていたが,その不便を解消するために,次年度に山梨大学医学部の遠隔授業対応教室と山梨大学教育人間科学部または山梨大学情報メディア館多目的ホールをテレビ会議システムで接続して授業を実施することを考えている。そのための準備と研究をかねて,本年度は山梨大学情報メディア館と山梨大学教育人間科学部J号館をテレビ会議システムで接続して授業を実施した。

学部授業「授業研究実践論」の内容と工夫について詳述すると,次のようになる。本授業のねらいは,「授業研究を実施する際の基礎的知識の獲得と授業研究についての学習意欲の向上」である。

授業の構成については,各授業の前半に,教育改革や授業実践についてのビデオを活用し,授業への関心や意欲を高める工夫をし,学生の受講態度の向上を目指した。各授業の中盤は,テレビ会議システムを利用して,メイン教室とサテライト教室とを双方向的(インタラクティブ)に接続して受講者によるレポート発表形式の授業を実施した。このことにより,各受講者は発表者や聴衆として遠隔授業に参加する経験をした。受講者によるレポート発表を通して,発表の技能や表現力の向上を図った。各授業の後半は,講義形式で,さまざまな教育実践,総合的な学習の時間,学校現場における授業実践例,これからの教育実践,教育課程の基本原理について論じた。ここでは,知識・理解の深化に努めた。

各授業の最後に受講者各人は「個人カード」に学習成果や授業の感想を記述することとした。毎回回収する「個人カード」の記述内容によって受講者の思考力・判断力を把握することに努めた。今回の授業では,前述したように,教育実践実地指導講師として教育人間科学部の附属中学校教諭を授業に招き,中学校教育の現状や課題などについての講義を取り入れた。また,附属小学校を訪問して実際に授業観察を実施した。

本授業では,ビデオやプリントなどを使用して授業の理解を深める工夫をした。また,テレビ会議システムを用いて受講者は最新の教育環境を体感した。本授業を通して,教師として必要な社会性や指導力を獲得し,将来,教師として社会貢献をしていくために充分な教育実践や教育課程に関する能力の基礎を得られるように多様な創意工夫をした。

2-2 テレビ会議システム


この授業で使用したテレビ会議システムは次の通りである。


写真1 教育人間科学部J号館授業研究演習室本体


写真2 情報メディア館多目的ホール本体


写真3 授業研究演習室液晶プロジェクター


写真4 多目的ホールスクリーン


写真5 授業研究演習室スクリーン


写真6 多目的ホールビデオデッキ

テレビ会議システム本体はPOLYCOM VS4000を利用している。教育人間科学部J号館授業研究演習室は液晶プロジェクターで光を反射させて映写するタイプである。情報メディア館多目的ホールは後方から光を透過させて映写するタイプである。なお,毎回の授業でビデオテープを再生する際に使用したビデオデッキについては,民生用の一般的なものである。

2-3 ビデオ

この授業でのビデオ利用については次の通りである。教材として使用したビデオについては,近年の教育問題を説明する際の補足的な位置づけで取り扱った。また,同一会場内だけでの使用とし,会場間での送信や映写は控えた。今回の授業では,会場が近接しているため,前半のビデオ使用の後に,レポート発表者とティーチング・アシスタントが別会場に移動しての発表という変則的な方式をとった。これは,前期授業の反省に基づく工夫である。前期の「授業研究実践論」は,例年受講者数が多く,グループ発表の形式を採用している。その際,発表グループは,あらかじめ別会場でスタンバイした。そのことが原因となり,授業後半の講義部分へのサテライト会場からの集中が必ずしも充分ではなかった。後期授業は受講者数の関係で個人発表でもあり,会場間を移動可能と判断した。しかし,この工夫は実験的に試行した本年のみ可能であり,来年度以降,遠隔の医学部玉穂キャンパスへは距離的制約から授業中の移動は不可能である。

ビデオ教材は受講者の授業理解を助ける有効な手段である。独自に収録した著作権処理済のビデオであれば,双方の会場に送信したり,2つに分けて2会場で同時に放送したりするなどの工夫も可能であろう。

2-4 「個人カード」による授業の感想

この授業では,出席状況の確認,学生の授業評価,理解度把握等の目的で,次のような「個人カード」を使用した。この「個人カード」は2002年度後期から筆者の実施する全ての授業で使用しているものであり,全ての授業で形式も同一である。「個人カード」の具体的な形式については図2に示す。

毎回実施したテレビ会議システムを利用する授業について,授業の際に「個人カード」に記された受講者の感想を見てみると,「個人カード」には次のような記述が残されていた。

表1 テレビ会議システム利用についての受講者の感想

キーワード

感想

面白さ

初めて体験した授業形式だったがとても面白いものだったと思う。

遠隔授業などの割と新しい機器も使うので面白いと思った。

期待

(テレビ会議という)メディアを利用した授業は初めてなので楽しみです。

興味

遠隔授業という方式も初めてで興味深かったです。

不思議な感覚

生まれて初めて画面を使った授業をしてとても不思議な感覚だった。

キーワードを付してみると,「面白さ」,「期待」,「興味」などがあり,受講者の授業への動機付けとしては効果があったようである。また,「不思議な感覚」という感想もあり,初めての授業スタイルについて,驚きを持って受け止めている感想もあった。

テレビ会議システムを利用した講義は,教育方法上,先駆的でありユニークな試みであるため,受講者はおおむね興味・関心を持って授業に取り組むことができたようである。なお,授業の回数が進むにつれて,受講者もテレビ会議システムの利用に慣れて,受講する側の違和感は緩和された。また,毎回の授業では,発表者側についても,徐々に発表,質問受付,質問回答という手順に慣れていったようである。この甲府キャンパスに限定した近接教室間での取り組みを通して,来年度以降,このシステムによって教育人間科学部及び工学部の甲府キャンパスと医学部の玉穂キャンパスの間での遠隔授業は充分に実施可能であると判断した。そのため,現在担当事務局を通してサテライト教室確保の手続きを進めている段階である。

図2 林尚示作成個人カード(マイクロソフト・エクセルにて作成)

2-5 少人数双方向授業の特色

今回実施した受講登録者17名,内地留学生1名,ティーチング・アシスタント1名の少人数双方向授業では,次の2点の特色があった。

第1番目に,テレビ会議システムを使用することで,遠隔からのプレゼンテーションのための技能・表現の習得ができている。これは,同一教室内での一般的な発表では習得不可能な内容である。具体的には,カメラと視線の調整,マイクと音声の調整などである。テレビ会議システムを用いたプレゼンテーションでは,テレビ会議を双方向で使用して参加者が発表者に質問をするために,質問内容を熟考することにより,思考・判断の能力が向上する。

第2番目に,授業にビデオを使用することで,学習者はより深く授業を理解することができた。各授業の最後に学生が記述する「個人カード」からも,ビデオの使用は,知識・理解の定着にとって,また,関心・意欲・態度の形成にとって,有効であることが分かる。

3 教育機器を利用した公開講座

3-1 エル・ネット(el-Net)

エル・ネット[3]とはeducation and learning Network,教育情報衛星通信ネットワークのことである。主な番組の内容は,文部科学省ニュース,学校教育研修・社会教育研修講座,エル・ネット「オープンカレッジ」,子供放送局などである。受信局は全国の社会教育施設や学校など1,985局,送信局は36局(2002年8月31日現在)存在する。この数は全国の国立・公立・私立大学の数をはるかに超えており,近未来の学習ネットワーク化社会を予見させるものである。

ところで,OECD教育研究・革新センターが将来の学校教育に関する6つのシナリオを作成している。それらは,現状改良タイプのシナリオ1「強固な官僚的学校システム」,シナリオ2「市場モデルの拡大」,再学校化タイプのシナリオ3「社会の中核的センターとしての学校」,シナリオ4「学習組織の中心としての学校,脱学校化タイプのシナリオ5「学習者ネットワークとネットワーク社会」,シナリオ6「教員大脱出−融解」である[4]

これらのシナリオの中で,エル・ネットの試みは,シナリオ5「学習者ネットワークとネットワーク社会」への方向性を示している。もちろん,両者には差異もある。シナリオ5は局地的な特徴とともに国境を越えた広範な特徴も持ち,かつ,組織化された学校制度の拒絶という特色がある。それに対して,エル・ネットは現状では国内限定のネットワークであり,必ずしも組織化された学校制度に類する活動を拒絶してはいない。しかし,シナリオ5の基盤整備という観点から評価するならば,エル・ネットは学習者ネットワーク化に寄与できるものであろう。

山梨大学では教育人間科学部附属教育実践総合センターが中心となって,2000(平成12)年度からエル・ネット「オープンカレッジ」に参加してきた。2000(平成12)年度は東京収録・録画配信型での参加,2001(平成13)年度は山梨大学独自収録・録画配信型[5]での参加であった。本年度は,東京ライブ配信型で参加し,ライブならではのリアルタイム質疑応答を実施した。ここからは,本年度のエル・ネット「オープンカレッジ」山梨大学公開講座について検討してみたい。

3-2 エル・ネット「オープンカレッジ」山梨大学公開講座「発達学入門と教育実践学入門」の概要

エル・ネットを活用した山梨大学の公開講座では,テキストをPDFファイルでインターネット上からダウンロードすることができ,また,講師へのFAXでの質問にも応じる工夫がある。発表内容は山梨大学教授鳥海順子と山梨大学助教授林尚示が作成し,高等教育情報化推進協議会が収録やインターネットでの情報の掲載などの事務を担当している。

放送日は2002年10月26日土曜日,放送開始時刻は15時,放送終了時刻は16時40分であった。講座レベルは,初級,入門編で一般の社会人が受講しやすいように平易な講義内容とした。なお,ライブ送信局は東京のオリンピック記念青少年総合センターである。

山梨大学公開講座「発達学入門と教育実践学入門」は,発達学と教育実践学をテーマとして生放送対談形式で実施した。「発達学入門」では,長年幼児教育と障害児教育についての理論と研究を推進してきた鳥海順子から子どもの心を育てる方法を講義した。「教育実践学入門」では,教育課程・教育方法や特別活動について研究している林尚示とともに新学習指導要領と学力低下問題などについての考察を深めた。「発達学入門」では主として鳥海順子が論を展開し,林尚示が感想等を述べた。「教育実践学入門」では,逆に林尚示が論を展開し,鳥海順子が感想等を述べた。サテライト会場から質疑を受け付ける機会を設けて視聴者参加型の講座とし,山梨県甲府市や神奈川県横浜市の視聴者から番組中に電話質問を受け,質問内容について回答した。

この公開講座の様子は,エル・ネット「オープンカレッジ」授業参観として,インターネット上でも撮影風景や講演風景が公開されている[6]

3-3 双方向全国公開講座の特色

今回のエル・ネット「オープンカレッジ」山梨大学公開講座の特色としては,次の3点を指摘することができる。

第1番目に,広域に公開講座を配信できることである。日本全国の約2000局へ配信することにより,従来の大学の教室で開催する形式と比較して,受講者人数の制限の必要もなく,爆発的に多くの参加者を収容できる。しかも,従来の方式では地理的要因が強く影響して開催会場に集合できなかった層の人々にとっても,近隣の社会教育施設等で受講可能なため,受講の機会は格段に向上した。

第2番目に,受講者の数や属性を把握することが困難なことである。近隣の社会教育施設で受講可能なことは,同時に不特定多数を対象にして公開講座を配信することとなるため,対象を把握できないままの講義となる。したがって,表現の平易さや,内容の簡略さ,さらには講師の声のトーンや表情にいたるまで,従来とは異なる工夫が必要となる。子供から高齢者までを想定して,しかもどの年齢層が多数を占めるのか不明なままでの講義となるため,通常の大学の講義と比較すると,大きな差異性がある。

第3番目に,ライブ配信のため,電話やファクシミリでのインタラクティブ(双方向的)な質疑応答が可能なことを指摘することができる。

4 おわりに

本稿では,テレビ会議システムを活用した学部授業「授業研究実践論」とエル・ネット「オープンカレッジ」山梨大学公開講座について検討してきた。その結果,興味深い結果が浮かび上がってきた。それらは,教育内容,教育方法,学習環境の観点により,検討可能である。具体的には,講義内容の専門性,講義のターゲット,受講者から講師への質問方法,質問のタイムラグ,会場数,会場間の接続環境という評価規準での分析を試みた。このような評価の観点と評価基準に基づくと,今回の教育機器を利用した講義・公開講座については,次のようにまとめることができる。

表2 遠隔講義の比較

評価の観点

評価基準

学部授業「授業研究実践論」

エル・ネット「山梨大学公開講座」

教育内容

内容の専門性

専門的

一般的

ターゲット

学部学生

一般市民

教育方法

質問方法

音声,映像

電話,ファクシミリ,e-mail

タイムラグ

リアルタイム

質問はまず代理人受付

学習環境

会場数

2会場対象

2,000会場対象

接続環境

有線(LAN)

無線(衛星通信)

本稿で,上述のような遠隔講義のスタイルに応じた講義の特性があることが明らかとなった。なお,残された課題として,学部授業や公開講座での教育効果を最大限にするためにはどのような点に改善の余地があるのかということについての更なる探究を指摘する事ができる。

5 註


[1] 林尚示「遠隔教育の課題とあり方」,『2001年度山梨大学総合情報処理センター研究報告』,5巻,2001年,CD-ROM及びホームページによる発表。
[2] 林尚示「山梨大学公開講座−『第7回教員リフレッシュ研修』における教育機器活用に関する検討」『2000年度山梨大学総合情報処理センター研究報告』,4巻,2000年,CD-ROM及びホームページによる発表。
[3] http://www.mext.go.jp/a_menu/shougai/elnet/参照,2003年1月22日現在。
[4] OECD著,御園生純,稲川英嗣,石井昭男監訳『世界の教育改革−OECD教育政策分析』明石書店,2002年,p.143。
[5] 前掲2に詳細を報告済み。
[6] http://www.opencol.gr.jp/digest/yamanashi102602.html(2003年1月22日現在)に授業参観の様子が掲載されている。

【謝辞】山梨大学公開講座をエル・ネット「オープンカレッジ」の公開講座として採用し,ライブ配信の全ての事務手続き及び実務を担当した高等教育情報化推進協議会に謹んで謝意を表す。


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