山梨大学大学院
馬籠 純
j.magome@ccn.yamanashi.ac.jp
山梨大学大学院工学研究科 竹内 邦良
takeuchi@mail.yamanashi.ac.jp
山梨大学大学院工学研究科 石平 博
ishi@ccn.yamanashi.ac.jp
概要
地理情報システム(GIS)を用いて全球の貯水池データベースを構築し、これと長期平均の降水量、流出量、蒸発散量等のデータセットを組み合わせることにより、大陸規模の水資源量の空間分布・経年変化について検討した。さらに大規模ダム貯水池を対象として、衛星リモートセンシング技術を利用し長期の貯水量変化の推定を行った。
1.はじめに
気候変動や人口増による水需要の増加にともない、今後、水資源が不足することが予想される。したがって、水資源の確保は重要な課題であるが、その手段としてダムは大きな役割を果たすと考えられる。その一方で、ダム建設に伴う水循環の変化が流域環境に多大な影響を及ぼすことも懸念されている。このような貯水池の水資源確保ならびに環境影響評価の両面から、貯水池を考慮した大陸〜全球スケールでの水文解析および水資源評価の必要性が高まっている。しかしながら、このような解析に必要な全球のダム貯水池情報(位置,貯水容量,湛水面積,建設年度,用途など)データセットは十分に整備されておらず、また利用可能なデータについてもダムの位置情報が欠落しているなどの問題が残されている。加えて、各ダムにおける貯水量変化については、流域水管理において非常に重要な情報であるにも関わらず、それらの情報を相互交換するためのネットワーク整備が進んでいないことや政治的な理由により水管理者や研究者のコミュニティーに公開されていない。
そこで本研究では、世界のダム情報の収集,マージ及び位置情報の付加によりグローバルなダム貯水池情報のデータベースを構築するとともに、構築したデータベースを用いて、ダム建設が水循環に与える影響や社会的な要因との関連性について検討を行う。さらに大規模ダム貯水池を対象として、衛星リモートセンシング技術を利用して長期の貯水量変化の推定を試みる。
2.ダム・貯水池データベースの構築
現在、世界には約45,000個の大規模ダムが存在し、これらの総貯水量は約7,000km3である。今回は、これらダムのうち大河川流域〜大陸規模の水循環に大きな影響をおよぼすと考えられる0.1km3以上の大規模ダムを対象として、以下の手順によりデータベースの整備を行った。なお、データベースの構築には、山梨大学総合情報処理センターに導入されているGISソフトウェア”ArcView”を使用した。
1) 1/100万の世界地図(ONC)やデジタルマップ(Digital
Chart of the Worldなど)から、ダム位置の座標値(緯度、経度)を取得する。
2) 座標値が得られたダムについて、地図を用いてダム名を特定し、ダム座標値と世界ダム台帳(ICOLD)のデータ(ダム名・貯水容量・湛水面積・建設年度・用途など)とをリンクさせる。
3) アメリカ、日本、オーストラリアなどの一部の国・地域については、座標値を含むダム情報データベースが公開されていることから、それらのデータも上記2)に付加する。
4) 各地図・地域ごとに整備した位置・容量などが妥当かをチェックする。
5) 各地図・地域ごとに整備したデータを一つにまとめグローバルデータセットとして完成させる。
上記の手順により、2,009地点の貯水池に関する情報をデータベースとして整備した。なお表1は整備ダム・貯水池数の整備数を示したものである。
表1 ダム・貯水池データベースの整備状況
図1 GISを用いたダム・貯水池データベース
3. グローバルな水文・水資源解析への応用
3.1 世界のダム貯水量分布
図1は、GISを用いて整備したデータベースのイメージである。大規模ダムは、全世界に幅広く分布しているが、特にアメリカ、ブラジル南部、スペイン・ポルトガ、インドや中国に比較的集中している。また図2は、ダム位置情報を利用して全球擬河道網TRIPの流域界より流域合計の貯水容量を求めた結果である。ミシシッピ流域(約374km3)やパラナ川流域(約311km3)、エニセイ川流域(約260 km3)、などで特に多く、これらは巨大ダム(例えば、Itaipuダム (29 km3), Bratskダム(169
km3))を含む流域である。
図2 河川流域毎の貯水容量と湛水面積
3.2 ダムによる流域水資源開発の変遷
本データベースとTerrestrial
Environment data(オランダRIVM作成)の人口データを利用して、一人当たり貯水量とその変遷を調べた。図3はミシシッピ流域および、ナイル川流域での一人当たりの貯水量に加えて、土地利用の変化を示した。ミシシッピ流域では1960年代まで増加傾向が続いているのに対して、ナイル川では大ダム(アスワンハイダム:貯水容量 162 km3)の開発時に大きく増加している。
図3 人口一人当たりの貯水量変化と土地利用の変化(ミシシッピ、ナイル)
(補足:世界地図は気候帯を示す)
3.3 流域水循環への影響
図4は、船田ほか(2002)の可能蒸発量推定値を利用して、貯水池水面からの蒸発による貯水量の損失割合を求めたものである。なお、損失割合とは総貯水容量に対する蒸発量の割合を示すものである。湛水面積、可能蒸発量(気候条件)により損失割合は流域、地域ごとに大きく異なり、損失率が数10%に達するダムも見られる。
図4 湖面蒸発による損失率
4.衛星・地理情報を用いた貯水量変化の推定
衛星画像から得られる貯水池の湛水面積(A)、衛星高度計により計測される貯水池水位の変化(ΔH)ならびに数値地形情報から得られる水位−貯水量関係(H−V曲線)、水位−湛水面積関係(H−A曲線)、湛水面積−貯水量関係(A−V曲線)を用いて、大規模貯水池における貯水量の長期変化の推定を行う。推定手法の概念は図5の通りであるが、詳細についてはMagome et al. (2003)を参照されたい。なお、本検討では、西アフリカのガーナに建設された世界最大の人工湖であるボルタ湖(アコソンボダム貯水池)を 対象貯水池として解析を行った。衛星画像としてMODIS/TERRA画像(分解能 約500m)とJERS-1/SAR
Mosaic画像(分解能 約100m)、数値地形情報としてGTOPO30(空間解像度 約1km)を用いた。また、衛星画像の解析には、山梨大学総合情報処理センターに導入されている画像解析ソフトウェア”ERDAS Imagine”を使用した。図6は”ERDAS
Imagine”を利用して衛星画像から貯水池の湛水域を抽出した結果である。
図7は、7種類の手法を用いて推定したボルタ湖の貯水量変化(1992〜2002)である。ここで、貯水量変化は、水位H=75mの時の貯水量からの偏差をあらわしており、各手法a)〜g)については表2の通りである。
Volta River Authority の報告によると、1999年1月1日と12月31日の間での貯水量の変化は27.89
km3であるが、この値に対する本検討で得られた貯水量推定値の誤差は、c)で4%、e)で17%、g)で2%となった。以上の結果から、衛星観測による大規模貯水池の貯水量変化モニタリングの可能性が示された。
図5 衛星・地理情報を用いたダム貯水量推定手法
表2 衛星・地理情報を用いたダム貯水量推定手法の分類
図6 衛星画像を用いた湛水域の抽出
(左:TERRA/MODIS
画像,右:JERS-1/SAR Mosaic 画像)
図7 ボルタ湖(アコソンボダム貯水池)における貯水量変化の推定結果
5.まとめ
本研究では、グローバルなダム貯水池情報のデータベースを構築した。現在のデータベースには全世界の総貯水量(7,000km3)81%を占めるダム貯水池が登録されている。さらに、このデータベースを用いて、ダムの分布、水資源開発の歴史、流域水循環への影響などに関する基礎的な検討を行った。また、大規模ダム貯水池を対象として、衛星リモートセンシング技術を利用した長期の貯水量変化を推定した。
今後は、データベースの拡充とともに、グローバルな流路網や水文モデルとの組み合わせにより、大流域での水資源管理手法の開発や広域水循環に及ぼすダムの影響の定量的評価を行う予定である。
参考文献
1. C.V.J VARMA:Dams
for development of Water Resources Development for Security of Water, Food
& Energy, 「流 域の水管理と貯水池の役割」国際セミナー 講演論文集,2002.
2. ICOLD:World register of Dams. Inter-national Commission on Large
Dams, 1998.
3. T. Oki et el.:Total
Runoff Integrating Pathways (TRIP),http://hydro.iis.u-tokyo.ac.jp/~taikan/TRIPDATA/
4. National Institute of Public Health
and the Environment (RIVM):database (version 2.0), http://arch.rivm.nl/env/int/hyde/
5. 船田ほか:補完法によるアジア・太平洋地域の実蒸散量分布の推定, 第29回関東支部技術研究発表会講演概要集,2002.
6. Magome, J. Takeuchi, K. & Ishidaira, H.:Estimating water storage in reservoirs by satellite
observations and digital elevation model - A case study of the Yagisawa
reservoir, Journal of Hydroscience and Hydraulic Engineering, Vol.20,
No.1, 49-57, 2002
7. J. Magome, H.
Ishidaira and K. Takeuchi, Method of satellite monitoring of reservoir storages
for efficient regional water management, Hydrological Science Journal, in
press.