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電気電子システム工学科における半導体製作実験
 
−デバイス設計、製作、評価の一貫教育−

山梨大学工学部電気電子システム工学科
矢野浩司、山口正仁、廣嶋綱紀、堀 裕和、加藤孝正、松本 俊

概要

本報告では、工学部電気電子システム工学科の第3年次の電子応用実験中に組み込まれている半導体製作実験について述べる。この実験は半導体デバイスの基本であるMOS型ダイオードを題材にし、設計、作製し、評価という一貫した流れで進めるように設計されている。ここでは、この実験のねらい、実験内容の詳細、実験結果から評価した実験内容の設計及び運営の妥当性を述べる。


  1. はじめに

    大学の電子工学系の学科において半導体工学は、電磁気学、電子物性工学、量子力学、熱統計学等の基礎工学科目を応用した主要な学問であることはいうまでもない。現在、世の中のありとあらゆるシステムに半導体素子が組み込まれていることを考えると、電子工学系を卒業した学生が、将来なんらかのかたちで半導体に関わることになるであろう。大学の半導体教育の役割は、彼等の将来における半導体へのアプローチの足掛かりとなるべきである。その為に大学で学生は半導体工学の科目を通して半導体に関する知識を深め、同時に半導体への興味を持ってもらうことが望ましい。
    本来、半導体工学の教育は、講義と学生実験がタイアップし、半導体材料及びデバイスの理論を講義で教え、それを学生実験で確認するという流れが理想的である。今日の半導体の先端技術を用いて半導体プロセス実験を実践しようとすると、膨大な経費と労力が必要となり事実上不可能である。従って、如何に半導体工学のエッセンスを盛り込みつつ、内容をスリム化するかということが学生実験における半導体実験教育の課題となる。
    山梨大学工学部電気電子システム工学科では、以上の方針及び課題に基づいて、平成4年度より本格的に半導体実験を3年次の物性実験に組み入れた。題材として選択した半導体デバイスはMetal-Semiconductor-Oxide(MOS)ダイオードである。MOSダイオードは今日のシリコン集積回路に広く用いられているMOS Field Effect Transistor (MOSFET)構造中の主たる構成要素として、シリコンの技術者が永年注目してきた基本電子デバイスである。これによりMOSFETの特性を左右する2酸化シリコン膜-シリコン界面のキャリアの挙動を把握することができる。また金属堆積技術、微細加工技術、熱処理技術といった半導体プロセスの基本技術も実体験を通して学習できる。さらに本構造は製作するのに容易であり、学生実験に組み入れるには適当な題材である。
    ここでは、この実験のねらい、実験内容の構成、実験結果からの実験内容の設計及び運営の妥当性の評価を述べる。

  2. 半導体製作実験のねらい

    まず、この半導体製作実験を通して何を学生に教育するのか、即ち教育目的および指導方針を設定し、それをどのように具現化するか、という授業設計の概要を示す。これを図1にまとめた。
    本実験では、図に示すような教育のねらいに基づいて実験内容が設計されている。第一のねらいは、本学科の教育カリキュラムの基幹分野として位置付けられている半導体工学を学生に習熟してもらうことである。半導体工学の最終目的は高性能あるいは新機能の半導体デバイスの実現にある。この為には、まず基礎理論を理解することが不可欠となる。本学科では3年次までに、情報エレクトロニクスコースでは電子物性関連の講義が1コマ、半導体工学関連の講義が2コマ、情報通信システムコースでは半導体工学関連の講義が1コマ用意されている。そこで習得した半導体理論を本実験で確認してもらうことにより、講義で学んだ内容に対する理解を深めてもらう。特に半導体製造プロセスを教えようとする時、講義のみでは限界があるため、実験で製造プロセスの要素技術を直に体験してもらうことが必要となる。
    次のねらいは、ものづくりの概念を把握してもらうことである。ここでのものづくりとは、手先の器用さを養うというよりも、「ものづくりとは何か」を理解してもらうことである。半導体産業を例に取ると、現在はトップダウン型のナノテクノロジーの代表である集積回路のダウンサイジングと、ユーザー用途の集積回路(Application Specified Integrated Circuits:ASIC)開発という2つのトレンドがある。すなわち微細な集積回路の性能技術を確立すること、「如何につくるか」と、付加価値のある商品を考案すること、「何をつくるか」の両者が重要となる。特に後者は製造者単独では問題解決できず、ユーザーとのコミュニケーションが必要となる。また製品の性能を改善する為には、現状の製品の性能を正確に評価し、それを以後の設計に反映させる必要がある。この様な概念は半導体製造に限らず、全ての製品開発に共通する。本実験ではデバイス設計、製作、評価の一貫教育をすることにより、こうした製品開発に関する基本概念を意識してもらうことを意図している。
    また、本実験を進める上で1班を6人で構成し、一班を更に3グループに分け、それぞれに「原理と実験結果の予測」、「実験の遂行」、「実験結果の解析および考察」の役割を担当させている。これにより、グループの中の個人の役割を明確化している。そしてどの役割が欠如しても1つの実験テーマが完結しないように構成されている為、個人の責任が自ずと顕在化する。逆に個人が重責を担っているということになるので、疎外感を持つ学生が無く、やる気につながる。
    さらに、本実験中では、危険物である化学薬品、高圧ガスを扱う機会が有る。その際に、教官が危険物を取り扱う際の適切な指導を行う。また、次年度以降は学生にISO1400薬品管理システムを用いて薬品使用状況を入力してもらうことにより、危険物管理の重要性を認識してもらう。

  3. 半導体製作実験の概要

    図2に半導体製作実験の流れを示す。製作すべき半導体素子はMOS ダイオードである。上述したように本実験では、設計(design)、製作(implementation)、評価(characterization)を一貫して行っている。まず設計では半導体シミュレータISE TCADを用いてMOSダイオードの設計及び電気的特性を予測する。設計においては製作者から製作装置の仕様に関する情報を得ながら素子構造の寸法、不純物プロファイル等のパラメータを決定する。次に決定した構造を半導体シミュレータにかけ、MOSダイオードの容量-電圧特性をシミュレートする。シミュレーション手法を図3に示す。ISE TCADは半導体素子構造シミュレータMDRAW、2次元半導体素子特性計算シミュレータDESSIS2D、結果表示用ソフトINSPECT及びTECPLOTが一体となった統合半導体シミュレータである。まずMDRAWを用いてシミュレーションすべきMOSダイオードの構造を決定する。即ちシリコン基板の厚みと不純物プロファイル、二酸化シリコン層の厚み、電極構造を指定したのち、後のDESSIS2Dでの数値解析に用いるメッシュを生成する。次にMDRAWで作成した構造に関するデータ一式をDESSIS2Dで読み込み、掃引する直流電圧範囲や交流電圧の周波数を指定し、電圧ー容量特性を計算する。この計算により同時にMOSダイオードの内部電界やキャリア分布を得る。これら出力結果をデータ表示ソフトINSPECT及びTECPLOTでプロットする。得られたグラフは後に素子動作の理解や製作した素子の特性と比較する為に用いる。同時に素子製作担当者にも渡され、素子製作の参考にしてもらう。図4にそれぞれMOSダイオード内部の電位分布及びホール分布の印加電圧依存性のシミュレーション結果を示す。また図5に容量ー電圧特性の周波数依存性のシミュレーション結果を示す。
    設計者から素子構造の情報を得た製作担当者はその情報を参考にしながら、製作条件を決定し、製作を遂行する。素子製作では、電気炉、露光装置、真空蒸着装置を用いて、熱処理、ホトリソグラフイ、金属薄膜堆積等の半導体製造プロセスの要素技術を学ぶ。表1に本実験で遂行するMOSダイオード製作プロセスフローを示す。許された実験時間の関係から、(1)基板洗浄および(2)2酸化シリコン膜の成長は前もって教官が準備し、(3)表面アルミ蒸着から(6)裏面アルミ蒸着及び熱処理までの5工程を7時間かけて行う。(4)フォトリソグラフィおよび(5)アルミエッチング工程は、有機薬品の光反応を利用し、金属膜や絶縁膜をパターン化する技術であり、今日の半導体の微細構造を実現するための不可欠な技術であり、本実験中でも重要視している。この工程を行うために、3平米程のエリアにイエロールームを設営した。また防塵対策としてこれら両工程はクラス1000以上のクリーン度のクリーンベンチで行っている。この技術を用いてMOSダイオードの表面のアルミ電極のパターン化を行う。電極寸法は直径1~2mmと比較的大きい寸法であるが、それと同時にこの工程の善し悪しを評価するためのcritical dimensionパターンとして40ミクロンおよび100ミクロンのラインア&スペースのパターンもTEG(Test Elementary Group)中に含めてある。図6に製作したMOSダイオードの表面金属パターンの顕微鏡写真を示す。下段の直径2mmの円形アルミニウムパターンがMOSダイオードのアノード電極であり、上、中段のパターンはフォトリソグラフィの精度を検証するためのTEGである。上段右側の40ミクロンのライン&スペースが精度よく形成できていることが分かる。今後は、フォトレジストの薄膜化により、更なる微細パターンの形成を目指す。
    (4)及び(5)の工程ではリン酸や有機系の薬品を用いる。この為、乾式フィルター付きのドラフトチャンバー、薬品庫、廃液タンクが設置してあり、薬品の処理及び管理のための指導を行っている。また本学生実験室のパソコンからは山梨大学薬品管理システムにアクセスが可能となっており、次年度以降は本システムを用いた薬品管理の指導も行う予定である。
    次に製作したMOSダイオードの諸特性を評価する。評価方法の概要を図7に示す。まずLCZメータ及び直流電源を含むパソコン自動測定装置を用いて印加する微少信号の周波数をパラメータとして容量-電圧特性を測定する。一方製作したMOSダイオードの裏面にパルス光を照射し、素子中のキャリアの光応答特性も測定する。これらの測定結果を、講義で習った半導体理論やシミュレーション結果をに基づき解析し、素子の動作原理を理解する。同時に素子の性能を改善する為の設計や製作工程の修正案を検討する。
    図8は製作したMOSダイオードの容量ー電圧特性の周波数依存性の測定結果である。高周波特性では電圧が-3V程度を境に急激に容量が変化している典型的なn型シリコンMOSダイオードの特性を示している。二酸化シリコン-シリコン界面の電荷は4.4E-7[C/cm2]と比較的小さい値を示す。これらの事から素子製作プロセスが適切に遂行されているといえる。また電圧-3Vのしきい電圧付近で容量-電圧特性が不連続になる二酸化シリコン-シリコン界面のエネルギー準位(fast states)特性を上手く検出できており、測定が精度よく行われていることを証明している。一方、周波数が109Hzの低周波数の特性は外部雑音の影響で上手く測定できていないが、これは測定装置の性能に依存し、今後の検討課題である。
    また図9は製作したMOSダイオードの裏面に光パルスを照射した時の素子内部のキャリアの時間応答特性である。時間が0secで光パルスを照射している。光照射直後の20μs間はリード線や電極の接点での寄生抵抗及びインダクタンスによるサージ電圧が発生している。光パルス幅が40μs程度であるため、実際に発生したキャリアが消滅し始めるのは40μs以降のフェーズである。このデータから抽出したキャリア寿命は57.9μsであり、これは標準的なシリコンのキャリア寿命といえる。また波形のピーク値は電圧3V、電流換算で250μA得られている。これらの結果より、MOSダイオードの製作プロセスは妥当であるといえる。
    得られた結果は、考察や解析を加え、実験原理、実験手順などとともにレポートにまとめる。それと同時に、学生に実験内容に関する理解を一層深てもらう目的で、最終週に班単位でポスタープレゼンテーションを実施し、ここで学生と教官の間の綿密なデイスカッションを行っている。

  4. まとめ

    現在、電気電子システム工学科の電子応用実験で行っている半導体製作実験を紹介した。本実験は半導体素子の設計、製作、評価を一貫して教育することを特徴としており、これによって半導体工学の理解を深めてもらうことのみならず、周辺機器の原理の理解やものづくりの概念を認識してもらうことをねらいとしている。製作した半導体素子であるMOSダイオードを評価したところ、その電気的特性は良好であり、本実験が妥当に設計、運営できていることが確認できた。

  5. 謝辞

    本実験は平成13年度教育推進経費の補助を受けている。また本実験で使用しているISE TCADは山梨大学総合情報処理センターの研究用設置備品である。また本実験のオリエンテーションとして設けた半導体理論の講義を担当して下さった電気電子システム工学科坂野斎助手に感謝する。更にISE TCADの操作に関してお世話頂いたISE Japanの各位に感謝する。その他関係各位に感謝する。



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