電子音響音楽制作におけるデジタル・オーディオ・ワークステーションの利用
吉原太郎
山梨大学教育人間科学部非常勤講師
tarou@ccn.yamanashi.ac.jp
コンピューター音楽と言うとコンピューターと鍵盤付シンセサイザー、シンセサイザー音源モジュールとをMIDIインターフェイスを介して接続し、シーケンサーと呼ばれる音楽ソフトウェアのインストールされたコンンピューター側から各音源モジュールを制御する、というような使われ方がまず考えられる。これは1980年代前半に登場したMIDI規格によって実現されたものであるが、20年以上経った現在、当時名機と呼ばれたシンセサイザー、YAMAHA社製DX7、Sequential
Circuits社製Prophet-5、PPG社製WAVEシリーズなど、次々とソフトウェア化され、コンピューター上でシミュレートできるまでになった。
同時にこれまでテープ記録に頼っていたオーディオもサンプラーの出現以降、音素材をサンプリングしMIDIキーボードの鍵盤上に割り当てることが可能になり、楽器として手軽に扱えるようになった。1990年代後半になると、それまでマルチトラックテープを多用していた音楽スタジオはそのほとんどがコンピューター制御によるハードディスク・レコーディング機能を搭載するデジタル・オーディオ・ワークステーション(以下DAW)を導入した。
現在ではコンピューターで音を編集、加工できるソフトウェアが各種リリースされ、従来のシーケンサー機能にオーディオ機能が追加され、これまで自宅では困難な作業であったマルチトラックレコーディング環境もかつてとは比べものにならないくらい安価に導入できるようになった。
本論ではデジデザイン社製Protools-LEソフトウェア(1)を使用した電子音響音楽制作におけるDAWの利用環境を紹介する。
テープによる多重録音を多用する方法で制作される音楽制作環境がコンピューターを主体とする制作環境に進化し、高度な機能を搭載したシステムを駆使して音楽作品を作ることが可能になった。
ProToolsシステム(2)によるDAWでは、従来のテープ環境でのレコーディング作業における制作手法を一変させた。例えばテープ環境での「早送り」「巻き戻し」といった操作は時間がかかったものであるが、瞬時に目的の位置に移動できるようになり、音素材の切り張り行為などの編集自由度の高さ、音響合成を極めて短時間に、場合によっては瞬時に実現する多くの専用プラグインの提供、音の状態を視覚的に確認できるウィンドウ、は作業の高速化・効率化をもたらした。
作家としての制作者が制作中の作品データへ瞬時に編集意志を反影し、編集結果を短時間で確認できるようになったことは大きな利点である。従来のテープ環境では編集機材に「待たされる」場面が多く、作家が突然想起するような新鮮なアイデアをすぐに実行することを妨げる事が少なくなかった。
Protoolsシステムは現在、TDM版とLE版の2つのシステムで製品をリリースしている。TDMにおいてはTDM専用オーディオ・インターフェイスを経由し、オーディオ情報の入出力を行う。この専用インターフェイスは専用DSPボードの使用によりコンピューター本体への負荷を軽減し、プラグインの多用と作業の高速化を実現にする。これに対し、安価に導入できるLEシステムはコンピュター本体のCPUに依存するため従来は多くの編集場面で処理のもたつきがあり、音響合成時にプラグインを多用することがTDMに比べ困難であったが、近年のコンピューター処理能力の高速化によって現在ではかつてのTDMと遜色ない高速処理環境になりつつある。
Mbox前面 |
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Mbox背面 上部から、ヘッドフォンジャック、48vスイッチ、USBポート、SPDIF in/outポート、line putput1-2コネクター、source1-2コネクター、inserts1-2コネクター |
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(主に使用するウィンドウ) 作業時における基本的な操作ウィンドウはエディットウィンドウ、ミックスウィンドウ、トランスポートウィンドウの3つに集約される。 |
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(エディットウィンドウ) エディットウィンドウでは各トラックに配置された音素材の状態を視覚的に確認することができる。ここでは音を配置するためのトラックの管理、音の切り張り、ボリューム制御、ASプラグインを利用したファイルベースでの加工・編集等を行うことができる。 |
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(ミックスウィンドウ) ミックスウィンドウはハードウェアのミキサーをそのままウィンドウ化したものであり、再生時には各トラックに対応したボリュームフェーダー、パンポットの状態を視覚的に確認することができる。ここでは各トラックに対応するRTASプラグインを設定することもできる。 |
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(トランスポートウィンドウ) トランスポートウィンドウでは従来のテープレコーダーでの操作スイッチとほぼ同じ機能を実現する。再生、早送り、巻き戻し、頭出しなどである。 |
録音素材 |
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録音素材の左右の余白をカット |
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残響エフェクトDVERBプラグインを使って大きな演奏会ホールをシミュレートした残響効果を設定する | |
上記の手順で残響成分を付加したもの |
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次にここまでできた素材を別トラックへコピーし、コピーした素材の音程をpitchプラグインを使って少しだけ低くする。 | |
元素材(緑)と、コピーして音程を変えた素材(赤) 同時に鳴らすとpitchを微妙に変化させたことから音に厚みが増したように聴こえる | |
次に、より音の立体感をつけるために音の定位を左右に設定する |
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最後にDELAYプラグインを使って元素材とできるだけかけ離れた音へ合成する。 |
筆者は2001年フランス国立視聴覚研究所において電子音響音楽制作に機会を得た。研究所のスタジオ116Aは(写真1)(写真2)のような最新のTDMシステムであり、当時のDAW環境で考え得るものはほぼ搭載されているスタジオであった。ここでは研究所で開発されたプラグインGRM-toolsを使用したり、当時開発中であったプラグインGRM-tools
STも不安定ながら利用することができた。
現在のLEシステムはかつてのTDMシステムに性能、処理速度が近付いて来たと言えるが、当時、同時にいくつもの複雑なプロセスを実行しようとする場合、専用DSPボードによる極めて高速かつ安定した動作を実現するこのTDMシステム以外に選択肢はなかった。
(写真1)
Ina-GRMフランス国立視聴覚研究所 116Aスタジオに導入されているTDMシステムは機器の動作を安定させるため、発熱の多いコンピューター本体、オーディオインターフェイス、周辺機器は写真のような専用のクーラーボックスに格納されている。
(写真2)
2001年8月、Ina-GRMフランス国立視聴覚研究所 116Aスタジオにて Protools
TDM+ProControlシステムを使い作品制作を行っている筆者である。当時最新であったこのシステムは制作においてProControlを利用できたことからボリュームやパンポット情報、プラグインのパラメーター情報を瞬時にデータ転送することを可能にしていた。この充実した環境において制作者は作業の本質である音楽制作に十分集中することができ、これらの機材による恩恵が作品制作作業を円滑に進めた。現在では日本国内でもこれとほぼ同じシステム、あるいはこれ以上の充実した機器を導入しているレコーディング・スタジオは多いし、音楽家が個人で自宅に導入している例もある。
尚、本論で紹介したProtools LEソフトウェアとMboxによるDAWシステムは山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター3階マルチメディア教材作成室に学生機に10台、高機能版の002システムが教員機に1台、それぞれPowerMacG4/MacOS X10.2.8環境で導入され、教育人間科学部生涯学習課程芸術運営コース開設授業「コンピューター音楽研究2」や教育実践総合センター主催学習システム研究会、同センター及び山梨県高等学校教育研究会情報科部会主催山梨県教科情報担当教員研修において活用・紹介されている。
(1)デジデザイン社より開発・販売されているオーディオ編集ソフトウェア。多くのレコーディング・スタジオに導入され、作曲家、音楽家に利用されている。
(2)Protoolsソフトウェア、対応する専用ハードウェア・周辺機器の搭載された総合的なシステム。これをデジタル・オーディオ・ワークステーションと総称する。規模の大きなスタジオには専用コントロールサーフェイスProControlやControl24、専用ハードディスク・ドライブなどが導入され、作業の効率・高速化を実現している。
(3)(4)デジデザイン・ジャパン、『DigiRack プラグイン・ガイド』PDF版Version 6.x for TDM or LE Systems
on
Windows
or Macintosh Version 5.1.1 to 5.3.x for TDM or LE Systems on Macintosh、chapter1はじめにP1-P2
(5)デジデザインの開発したデジタル・ファイルを転送するためのシステム。専用ソフトウェア・ユーティリティと、既存のネットワークやDSLモデムへ接続可能な1Uサイズの専用Ethernetサーバーで構成される。