PICNICを用いた遠隔計測,制御教材

 

星山昌洙山梨大学大学院教育学研究科), 藤田孝夫(山梨大学教育人間科学部)

 

 


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  1. はじめに
  2. 技術科教育により身につく学力について
  3. 技術科教育における情報教育の位置づけ
  4. PICNICについて
  5. PICNICの利用
    1. RBn出力ピンを利用したリレーのON/OFF回路,電圧反転回路の動作
    2. 電子部品(IC,トランジスタ等)を組み込んだ回路の制御
    3. RA5(温度センサ)による長期間,定点,定時刻計測
    4. Webブラウザによるアナログ入力ピンからの電圧計測
    5. インターネットに接続可能な携帯電話を使用した遠隔操作
    6. Visual Basicによる制御プログラムの作成
  6. まとめ

1 はじめに

 

 現在の中学校技術科教育における情報分野では、アプリケーションソフト(ワープロ,表計算等)の使用,操作を中心に進められている場合が多い。さらに授業時間数の減少の影響もあって、情報教育の実習内容がソフトの基礎的な使用を中心にして構成せざるを得なくなり、生徒が獲得できる情報リテラシーの範囲は限られている。そこで、各種教材をInternet上から利用して遠隔制御,計測を行うことで、情報教育によって習得し得る情報リテラシーの範囲の拡大を目的とし、PICNICと呼ばれるボードを利用し計測,制御教材の検討を行った。

 

技術科教育により身につく学力について

 

技術の授業を通して身につけたい学力としての「技術的素養」を大きく分けると「技術に関する科学的認識」、「技能」、「技術・労働観」の3点があげられる。技術科の教育目的は「技術の科学的認識」「生産技能」「技術・労働観」が三位一体となった技術の学力を形成していく中で、実際の科学技術および労働の世界を認識させることである。

「技術の科学的認識」では、技術に含まれる科学の基本を学び、技術に関する科学的認識をすべての子どもに形成させる事を図っている。 情報技術に関わるならば、プログラミングや計測,制御の技術が中心になるであろう。

「生産技能」では、基本的な道具,機械の適切な使用方法,代表的な材料の取り扱いなどが含まれ、知識の獲得のみでなく、実際に手や体を動かしていくことで理解する部分が少なくない。技術の素晴らしさや合理性は、道具や機械をその使用法を守り、反復練習を行っていくことではじめて納得し身につく面が多い。情報技術に関わるならば、機器の操作やプログラムなどの作成技能といったものが含まれてくる。

「技術・労働観」では、技術に込められた人間の知恵の豊かさ,すばらしさを知ると同時に、その社会的性格を見極め、人間の労働の大切さ,価値を実感させるものである。そうしていくことで、技術科は適切な技術・労働観の形成を図っている。これは情報技術においても同様であることが言える。

情報教育によって身に付く「知識」,「技能」,「ものの見方・考え方」は、現代社会における人格形成や社会生活を営む上で重要な要素となることが分かる。

 

技術科教育における情報教育の位置づけ

 

人間が何か“もの”をつくる場合、木材や金属などの材料(労働対象)に対して、道具や機械(労働手段)を使い、材料,道具,製作過程に関する知識や技能を駆使して目的物を作り上げる(労働力)。ものをつくる過程の中で、道具や機械を制御して労働対象を加工する必要があるが、本来この制御部分は人間が頭脳と中枢神経を働かせて行ってきた。現在、ものをつくる過程の中で、制御機能の一部もしくはそのほとんどを機械化したものがコンピュータであり、ものをつくる過程における機械化を担っているのがコンピュータである。したがって、コンピュータは技術の体系の内、最も基本的で重要な技術に属するようになってきた。

現在の技術は、道具→機械→コンピュータを取り入れた自動機械体系へと発展してきたため、コンピュータの制御機能の初歩的な理解なしでは技術の発展や現在の技術を的確に把握し、評価することができなくなってきている。また、家庭生活においても、電気機器など計測・制御をもとにしたシステムで動いているものがほとんどであり、コンピュータに関わることのない機器は皆無に近く、そのシステムが家庭まで入り込んでいると言えるであろう。

このように技術科での情報技術教育を考える場合、技術の発展とコンピュータの関係を切り離すことはできず、技術科教育のめざす技術的素養を身につける上で特に「プログラムと計測・制御」は不可欠ということが言える。

 

PICNICについて

 

PICNICとはPIC Network Interface Card kitの略称であり、(有)トライステート社の製品である。PICNICからパソコンへ情報を送信したり、パソコンからデータを受け取り出力したりすることがインターネット上で行えることが特徴である。図4.1 にその外観を示す。

PICNICのネットワーク経由でのI/Oポートの制御・監視は、簡単にはPICマイコンのファームウェア上に実装された簡易httpサーバによって行うことが出来る。この機能によって、クライアント側はプログラミング不要となり、単純なON/OFFや電圧計測等ならばWebブラウザから操作できるので機種やOSを選ばない。

 

4-1PICNIC基盤本体(上面図)

 

  

4-2Webブラウザ上によるPICNICの操作画面

 

4-3I/O画面(初期状態)

 

4.2にはWebブラウザーで接続した場合の応答を示す。本図は購入時の設定画面であるが,PICNIC のファームウェアを変更すれば独自の設定も可能である。図のうち計測,制御に関係した部分を図4.3に示す。ここで,Rn IN AD変換のアナログ入力ポートあり,対応した値がValue に表示される。 RA5は温度センサーのポートである。RBn In はディジタル入力ポート,RBn Out は出力ポートであり,それぞれ4ポート備えている。RBn Out はブラウザー上からマウスクリックによりH/Lの設定が行える。

 

PICNICの利用

 

 PICNICを利用して以下の各種試験及び応用実験行った。

 

5.1 RBn出力ピンを利用したリレーのON/OFF回路,電圧反転回路の動作

 

本来電源とつなげた回路はスイッチによって電流が制御されている。このスイッチの部分をPICNICとインターフェイスに置き換えて動作させる。図5-1,2 ではRBn Out を図のSw INに接続し,リレーと併せ模型用モータの制御を行っている。特に,図5.2では

モータのON/OFF, 正転,反転ができ,制御教材として利用される模型ロボット,自動車

等の原型として利用できる。

 

5-1ON/OFF回路(回路図)

 

5-2,電圧反転回路(回路図)

 

5.2                 電子部品(IC,トランジスタ等)を組み込んだ回路の制御

 

ICを組み込んで作成されている最も簡単で基本的な回路例として4組のHigh/Low Checkerを作成し動作させた(図5-3,4)。電気信号(0,10と1に対応してLEDの点灯する色が切り替わる仕組みになっている。本チェッカとPICNICを利用してHigh(1)とLow(0)の確認を行うことができる。

本回路は簡単なIC回路チェッカの制作題材としても,ICLEDの使用法,抵抗の目的・意味等の電子回路制作に必要な要素を持っている。

 

5-3High/Low Checker(上面図)

 

5-4High/Low Checker(回路図)

 

5.3  RA5(温度センサ)による長期間,定点,定時刻計測

 

5-5 は約2ヶ月の期間、毎日午前0時にPICNICの温度センサから自動でデータを抽出し、結果をエクセルでまとめたものである。方法はUNIX においてLynxgrepを用い,crontab を利用しPICNICからRA5の値を取得しファイルに記録した。本計測は現在も行っており,1年間分をまとめる予定である。この実験と同様のことは、次節に述べるアナログ入力ポートを利用し0--5V以内の範囲であれば計測可能である。この種の計測は,理科,社会科教育等での時間や期間のかかる計測にも応用可能と考える。

 

5-5,温度センサ(RA5)による観測結果

 

5.4                 Webブラウザによるアナログ入力ピンからの電圧計測

 

 アナログ入力(RA0~3)へ電圧をかけて表示される数値を測定した。測定結果は下表に表示する。

 

VV

RA03

202

404~406

606~608

808~810

1010~1013

1023

1023

5-1,アナログ入力値(RA0~3)に電圧をかけた時の数値の確認状況

 

 アナログ入力では、かかる電圧を1V上昇させるたびに約202の値が加わっている。また、この値はA/D変換された値を10進数によって表示されているため、範囲は「0~1023」である。そのため、電圧は5Vまでをかけることができ、6V以上になると数値が1023以上表示されないうえ、RA5(=温度センサ)の値も上昇していた。(数値の測定時の室温は19℃、電圧6V時:58℃、7V時:85℃)これは、PICNIC本体の電圧の許容量が5Vまでであることを示し、5Vを越えると回路全体に影響を与え始めていることが分かる。

また、アナログ入力ピンにディジタル出力ピンをつなげ、ディジタル出力値を測定してみたところ、RB4~7の値は「981~984」を示した。つまり、ディジタル出力ピンによる出力はおよそ4.87-88Vほどであることが分かり、同時に電圧の許容量が5V以内であることが分かる。

ディジタル入力(RB0~3)へ電圧をかけ、High/Lowの切り替わる電圧の範囲を測定した。測定結果は下表に表示する。

 

VV

0

1

2

3

4

5

6

RB0~3

L

L

H

H

H

H

H

5-2,ディジタル入力(RB0~3)へ電圧をかけた時のH/L切り替わりの確認状況

 

 ディジタル入力は0~1.4VまではLowを示し、1.5VからHighに切り替わった。また、ディジタル入力も電圧を5V以上与えると負荷がかかるため、ピンに外部回路を接続する場合は過負荷にないように注意する必要がある。

 

5.5                 インターネットに接続可能な携帯電話を使用した遠隔操作

 

PICNICに携帯電話で接続するには,通常行うように PICNICIPアドレスを記入して接続すればよい。応答画面を図5-6に示す。携帯機種により罫線や改行が異なる。

携帯電話から接続するとその応答速度は遅いが、携帯電話からの接続が可能になるため、PCが無い環境においてもPICNICへ接続することができる手段になる。これは、携帯電話の圏内であればいつでもPICNICを介してデータの取得、電気機器の制御(遠隔操作)などが可能であることにつながり、PICNICの利用手段や方法の幅がひろがる。

5-6,携帯電話からのPICNIC接続画面(i-mode版)

 

5.6                 Visual Basicによる制御プログラムの作成

 

作成した制御プログラムは、タイマーによるリロード時間1秒の設定でPICNICの状態表示を更新させている。このことで時間のリアルタイム表示、画面のリアルタイム更新を可能にしている。また、現在このプログラムと接続しているPICNICも確認できる。別のPICNICに切り替えた際、表示も同時に切り替えそのPICNICの状態を更新するように設定してある。そのアクセス画面例を図5-7に示す。

Visual Basicを利用して作成するPICNICと連動するプログラムは、Webブラウザの画面には見られない自由度がある。Webブラウザではファームウェアが固定なので、アセンブラ言語によってソースを作成し、PICに書き込まなければその画面の更新は不可能である。しかし、Visual Basicによるプログラミングでは、Webブラウザの機能及び、それ以上の機能を付加させることができる。今回の例のように、温度表示だけではなく、その時の日時の表示やその記録、グラフ表示、接続しているPICNICの切り替えなど、プログラムの製作者の発想次第で必要な各種諸量も可能な限り設定できる。

また、「Internet Explorerの起動」→「PICNICWebブラウザ画面を開く」という動作が必要なく、プログラムを起動するだけでPICNICとの接続が可能になる。感覚的ではあるが,Webブラウザによるアクセスより応答は速く,Webブラウザによる制御と比べ応答性が格段に向上した。

 

5-7Visual Basicによる制御プログラム起動画面

 

6 まとめ

 

 PICNICというコンピュータとして独立した機器を用いていくことで、ネットワークを利用した遠隔計測,制御について考察した。現代社会を形成していく人材を育成するために、技術科教育を通して習得できる「知識」,「技能」,「ものの見方・考え方」という3つの観点は重要な要素である。なかでも情報教育の分野から得られるこの3つの要素をPICNICの利用という面から考察すると、単にアプリケーションソフトを使用,操作していくだけの内容よりもコンピュータ,ネットワークに関する計測,制御等の内容が幅広く習得していけると考える。

 今後の研究課題としてこれらの知見を基に、学校教育における技術科教育の中で、情報教育を指導していくためのより有効な教材、及びそれを用いた実践授業について、また、技術科教育としての情報教育の在り方、指導方法の充実化等について検討していきたい。

 

 

参考文献, URL 】

川西真史,鶴見惠一,山本健一共著:「PICマイコンによるメカトロニクス入門」,CQ出版社,2005

遠藤敏夫:「16F84プログラミングの世界へ わかるPICマイコン制御」,誠文堂新光社,2001

伊藤洋,八代一浩共著:「最新 コンピュータネットワークがわかる」,技術評論社,2002

河野義顕、大谷良光、田中喜美編著:「技術科の授業を創る―学力への挑戦―」,学文社,1999

落合正弘:「第7章 VB,VC++,LinuxPICNICコントロールとDLLを使う PICNICVer.2の概要と付属ライブラリの使い方」,CQ出版社,トランジスタ技術,9月号, pp.220-229 2001

有限会社トライステート    http://www.tristate.ne.jp/index.html

IT技術演習(学部)(PICNIC)             http://cai.cs.shinshu-u.ac.jp/susi/Lecture/picnic-b/

電子工作の実験室                            http://www.picfun.com/

Security Lecture               http://akademeia.info/main/security_lecture.htm

文部科学省ホームページ    http://www.mext.go.jp/