山梨大学における
e-Learning の取り組み状況と今後の課題
鈴木 智博 (総合情報処理センター) stomo[atmark]yamanashi.ac.jp
佐藤 眞久 (医学工学総合研究部) msato[atmark]yamanashi.ac.jp
はじめに
近
年、国立大学法人を含む高等教育機関をとりまく背景とし
て、少子化、国際化、IT (ICT)
の発展などがキーワードとして挙げられる。大学審議会は高等教育の更なる改革の必要性を求めている[4]。高等教育機関の中で従来の対面授業の重要
性には変りないものの、IT
を駆使した e-Learning が注目されているのは、これが教育の質、方法の改善のための有力な手段であると
の認識によるものだと考えられる。
資料[5] では、大学教育における現状の課題として、
- 多
くの授業において依然としてマスプロ教育が行なわれている。マスプロ教育の特徴とは「単一方向性」、「知識伝授型」、「Chalk &
Talk 型」。
- IT を授業に活用したとしても、学習効果を評価する基準を持っている大学がほとんどない。
を
挙げており、IT の活用によって可能となる授業の質の向上としては、いわゆる「カスタムメイド教育」が可能となることを挙げている。
こ
こで、文献[3] による e-Learning の定義を示す。
e
ラーニングとは、情報技術によるコミュニケーション・ネットワーク等を活用した主体的な学習である。コンテンツは学習目的に従って編集され、学習者とコン
テンツ提供者との間にインタラクティブ性が確保されている。このインタラクティブ性とは、学習者が自らの意思で参加する機会が与えられ、人またはコン
ピュータから学習を進めていく上での適切なインストラクションが適時与えられることを指す。 |
本
稿では、山梨大学における e-Learning の現状報告と今後の展開に伴なう問題点などを提起する。
大
学教育をとりまく環境の変化
昭和31年に規程された大学設置基準は、平成になって多くの改正が行なわ
れた。特に第25条は大学のおける e-Learning の原動力となる条文である。
また、第25条の2 は大学での
FD (Faculty Development) の必要性を謳っている。
(授
業の方法)
第二十五条 授業は、講義、演習、実験、実習
若しくは実技のいずれかにより又はこれらの併用により行うものとする。 2 大学は、文部科学大臣が別に定めるところにより、前項の授
業を、多様なメ
ディアを高度に利用して、当該授業を行う教室等以外の場所で履修させることが
できる。
3 大学は、第一項の授業を、外国に
おいて履修させることができる。前項の規
定により、多様なメディアを高度に利用して、当該授業を行う教室等以外の場所
で履修させる場合についても、同様とする。
4 大学は、文部科学大臣が別に定めるところにより、第一項の授業の一部を、
校舎及び附属施設以外の場所で行うことができる。
(教育内容等の改善のための組織的な研修等) 第
二十五条の二 大学は、当該大学の授業の内容及び方法の改善を図るため
の組織的な研修及び研究の実施に努めなければならない。 |
(注)
下線は
著者による
メディア教育開発センター
は大学等における多様なメディアを利用して行う教育に関する研究開発と普及促進を行い、大学等における教育の発展に寄与することを目的として平成16年設
立された。e-Learning の支援研究をはじめ、多様なメディアを利用した教育の内容や方法に関する研究開発などを行っている。
大
学等で開発された学習コンテンツを学習者に提供するシステムや、e-Learning コンテンツそのものの開発、公開を行なっている。
本
学におけるこれまでの取組み
英語 CALL(Computer Assisted Language Learning)システム ALC NetAcademy は平成12年より利用を開始している。これは全国的に見ても早い時期の導入であった。その後、平成15年度には学長裁量経費によってコース内容を充実させ、幾つかの英語授業の教材として利用されるようになった。平成19年度からはすべての学部一年生が ALC NetAcademy2 を利用した英語教育を受講する予定である。
平成15年度から e-Learning コンテンツ Infos 情報倫理を総合情報処理センター内のサーバに導入した。これは情報リテラシ教育の一環として幾つかの学科で一年生用の教材として利用されている。導入当初から最近まで NetTutor という LMS (Learning Managing System) で管理されていたが、平成19年度からはフリーな LMS である Moodle[2] 上で利用可能となる。
平成17年度に WebCT が学長裁量経費により導入された。WebCT は多くの大学で導入実績がある市販 LMS である。販売代理店による利用説明会が開催されたが、実際の利用はごく一部の講義、演習に限られていた。
平成19年度からは、総合情報処理センターの新システムの一部として、フリーの LMS である Moodle を導入した e-Learning サーバが稼動する。これまで独自の LMS 上で運用されていた Infos 情報倫理や WebCT 上で教員が作成した教材をこの Moodle サーバにインポートして利用する予定である。
- 平
成19年度から、金沢電子出版株式会社の
e-Learning 教材が上述の Moodle サーバに導入される。利用可能な教材は以下の通り数学と物理学のものである。
こ
れらは平成19年度から基礎教育科目におけるリメディアル教育に使用される予定である。
また、金沢電子出版のご厚意により、同社の他
の教材も Moodle サーバ上で閲覧可能となっている。
他大学における取組み
ここでは他大学
の取組みとして、資料 [1] の e-Learning に関する各大学のアンケート結果をまとめる。
- 実践例
Moodle、
WebCT、Blackboard などの LMS を使用している大学が多い。中には大学独自の LMS
を開発している例もある。また、科目情報、履修情報、ユーザ(学生、教員)情報などを管理する学務情報システムとの連携をしている大学も少数ながら存在す
る(岐阜大学 AIMS-Gifu、熊本大学)。
適用科目として情報基礎、情報リテラシを挙げている大学が多い。
教
材としては、講義を録画したビデオ教材、またこれに講義資料を連動させたもの、英語の CALL システムなどが挙げられている。
ただ、全学的規模で e-Learning
を導入している例はまだ少ないと言える。
- 問題点
運
営上の問題として挙げられているは、e-Learning
の学内で実施母体/組織が不明確である、推進体制の再検討が必要、といった点である。これらの根底には各大学での予算不足、人員不足の影響があるものと思
われる。
技
術的な問題点としては、学務情報システムとの連携不足が挙げられている。学務部としては、そのほとんどが個人情報である学務情報を一般ユーザの利用する学
内ネットワーク上に流すことへの抵抗があるのかもしれない。また、学務情報システムは各校で独自に開発、発展したものが多いため、LMS
との連携作業も各校毎の対応にならざるを得ないことも大きな要因であろう。
また、市販の教材が高価であることや、教員個人の IT
スキル不足に起因する教材コンテンツ作成の負担も大きな問題である。さらに、教員個人が作成した教材の著作権問題もこれまでになかった問題として浮上して
いる。
e-Learning 導入の課題
金沢電子出版は金沢大学にける e-Learning
教材の作成、カスタマイズ、販売を行なう学内ベンチャー企業である。上の他大学における問題点と重複する事柄が多いが、今回の教材導入契約に際して金沢電
子出版から著者等が受けたアドバイスを基に e-Learning 導入の課題を考える。
- 運用体制の確立
今
後、大学として e-Learning
をどのように利用するのか、運用母体はどこか、教員、事務員の支援体制は、などの検討を行なう必要がある。また、FD 研修会などで学内に広く
e-Learning の必要性、何が出来て、どうして有効なのか、を説明するとともに技術的な指導を行なうことも必要である。
授業
担当者等によるボトムアップ的な議論のみでは全学的な運用までこぎつけることは難しい。 - e-Learning コンテンツの作成
コ
ンテンツ作成のノウハウを蓄積するには多くのコストがかかる。しかし、商用コンテンツは導入してみなければ費用対効果が発揮できるかどうか分からない。
こ
れに対して、金沢大学のように コンテンツ作成ノウハウを築き上げた e-Learning
先発大学と協力して教材開発が行なえれば双方の大学にとってメリットがある。また、メディア教育開発センターのリソースを活用することも視野に入れておく
必要がある。 - 継
続的な予算の確保
ALC NetAcademy2、Infos
情報倫理は総合情報処理センターの教育研究システムとして導入したため、システム契約期間の5年間は利用可能である。金沢電子出版の教材は1年契約となっ
ている。
まとめ
資料[5] によると IT
を駆使した教育の革新による大学教育の望ましい方向性とは、
- 個々の学生の知識やスキルに合
わせた「カスタムメイド教育」の実施
- 学生ニーズへのタイムリーなフィードバックによって教育効果を上げる
と
整理されている。
本
学では、教室端末、学内ネットワークなどの学内インフラストラクチャは十分整備されている。また、今年度からの新しい総合情報処理センター教育研究システムは学外からの利用も
念頭において設計されている。
全学的に e-Learning
を展開する上で、運用母体を早急に確立し、コンテンツ作成やシステム運用の支援を行なうことが残されている。
参考文献
- 岩手大学総合情報処理センター編、平成18年度第一回情報系センター研究交流・連絡会議資料
- 井上、奥村、中田、Moodle入門、海文堂出版 (2006) ISBN4-303-73473-X
- 経
済産業省商務情報政策局情報処理振興課 編、e ラーニング白書 2005/2006年版、オーム社
(2005) ISBN 4-274-06608-8
- 大
学審議会答申、「グローバル化時代に求められる高等教育の在り方について」、(2000.11.22)
- 大学 CIO フォーラム、「大学革新のための IT 戦略」提言書 (2006.6)