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次世代高速ネットワーク構築と地域情報化

中央コリドー高速通信実験のめざすもの

伊藤 洋(山梨大学総合情報処理センター)


1. 中央コリドー高速通信実験プロジェクト

1.1 はじめに

 世界的規模でのネットワーク化・情報化のテンポは極めて早く,その広がりもまた大きい.残念ながら,わが国の情報化は欧米に比較して立ち遅れていると言われている.中でも,市民生活レベルの情報化の立ち遅れは顕著である.地域情報化の必要性が叫ばれてから長い時間が経過したが,その掛け声の大きいわりには事態の進捗状況は今だしの感を否めない.
 これは,第一に市民レベルの情報・コンピュータ・ネットワークリテラシーが圧倒的に不足しているためである.また第二に,既存のデジタルネットワークを利用するには利用料金があまりに高く,そのためにコストパフォーマンスが低すぎることも原因として上げられるべきであろう.加えて第三に,マルチメディアアプリケーションが未発達で,それを利用するインセンティブが未だほとんど存在していないことも上げられなければならない.
 情報化を阻むこのような原因を除去してみると,どのような社会的結果が招来するのかを予見してみることは極めて興味のあることである.わけても,政治・行政・産業・経済・教育・生活等々ほとんどすべての社会的仕組みが大きく変換されようとしている現代には,その実験的な意義は決して少なくないはずである.
 本論文は,このような観点から試みられている中央コリドー高速通信実験プロジェクト(以下Central Corridor Communications 21の頭文字をとってCCC21と略す)を例にとって報告する.ただし,本実験プロジェクトは未だ緒についたばかりであってその成果は無いに等しい.したがって,本論はそのための準備状況と理念についての報告にとどまるものであることを最初に断っておかなくてはならない.
 ところで,CCC21には以下の三つの目的が課せられている.まず第一に,広帯域デジタルネットワーク(情報スーパーハイウェイ)を広く市民に開放することによってマルチメディアの可能性を探ることである.そのためにB−ISDN(広帯域ISDN)を構築し,次世代インターネットを模擬してその評価を行い,そこから世界標準への提案をすることである.そして第二に既存のネットワークをシームレスに接続することによってユーザがマルチメディアに最も適応的で,現在加入しているネットワークから簡便にアクセスできるワンネットワークアクセスを実現することである.
 この第一の目的を達成するために,東京・山梨・長野の一都二県を連結する情報スーパーハイウェイを構築することとし,第二の目的のために防災行政無線網,CATV,有線放送電話網,公衆網,および自治体光ファイバ網等々をシームレスに接続し,これらのネットワーク加入者に簡便にマルチメディア情報へのアクセスを可能にしようとするものである.
 そして,CCC21実験の第三の目的は,広帯域シームレスネットワーク環境の下で実用化されるかもしれないマルチメディアアプリケーションを開発し,ひろく社会に先導的に提案していくことである.
 本論文では,この目的のためになされている二,三のアプリケーション実験についても報告する.
 

1.2 中央コリドー高速通信実験推進協議会

 CCC21実験を遂行するために,1997年3月「中央コリドー高速通信実験推進協議会」が設立された.協議会には,文字通り産学官が参加し,1999年1月1日現在121の企業・団体・個人が参加している.会は,会長1,副会長4,会計幹事1,幹事24名で役員を構成し,定期総会を年1回東京で開催している.
 協議会には,ネットワークインフラ委員会,アプリケーションコンテンツ委員会,ターミナル委員会の3つの常設の専門委員会が設置されていて,各専門委員会の配下には以下のように合計22の分科会が設置されている.会員は最低1つの分科会に所属している.分科会は,月1回のペースで開催され,最新技術動向の紹介,実験計画の提案・検討を進めてきた.
(a)ネットワークインフラ委員会
バックボーンネットワーク通信サーバ分科会/CATV分科会/防災行政無線分科会/市町村防災無線分科会/LAN分科会/移動通信分科会/有線放送分科会/網管理分科会
(b)アプリケーションコンテンツ委員会
バーチャルラボ分科会/遠隔医療分科会/サテライトスクール分科会/特殊教育分科会/技術者教育分科会/テレワーキング分科会/エレクトロニックコマース分科会/交通情報通信分科会/情報サービス分科会/行政情報通信分科会/現地印刷分科会
(c)ターミナル委員会
マルチメディアホームリンク分科会/デスクトップ型情報端末分科会/携帯情報端末分科会/マルチメディア測定分科会
 また,協議会は,会報を出版し,ホームページを開いて,会員に情報を配信したり,活動報告書を出版して技術的検討の成果を会員に公開している.

2. CCC21のネットワーク

2.1 ネットワークの全体構造

 CCC21のネットワーク構造は3階層で出来ている.最上位の階層は,CCC21バックボーンネットワークで,これはインターシティネットワークであり,主としてATM(Asynchronous Transfer Mode 非同期転送モード)方式の超高速ネットワークである.ここには,郵政省のプロジェクトである「列島縦断型研究開発用ギガビットネットワーク」622Mbpsを一部分利用させていただくこととなっている.
 第2階層は,地域の加入者網間を結ぶ地域バックボーンであって,都県が所有する防災行政無線網や自治体光ファイバ等が充てられる.
 最下位の階層は加入者網であり,IEEE802.14準拠の通信プロトコルをインプリメントした双方向CATVXDSL(X-Describer Service Line)方式の伝送サービスができる有線放送電話網,及び公衆網N-ISDN等が充てられる.そのシステム構成概念図を下の図1に示す.
 

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2.2 バックボーンネットワーク

 CCC21のバックボーンネットワークは,次世代B-ISDNによるWAN(Wide Area Network)の伝送方式とされているATM方式で構築される.ATMは,1980年代の初めからCCITT(現ITU-T)で検討が加えられてきた広帯域デジタルネットワークプロトコルである.
 

2.2.1 バックボーンネットワークの特長

 CCC21のバックボーンネットワークには以下のような仕様が要求される.すなわち,
(a) 交換/半固定/固定,1対1/1対多接続,即時/予約/専用など多種のサービスにわたること,
(b) 単一/マルチメディア,コネクション/コネクションレス,片方向/双方向接続が可能であること,
(c) N−ISDN,フレームリレーなど他種のネットワークとのインターネットワーキングが可能であり,シームレス化が容易であること,
(d) 媒体占有型であるためネットワークの拡張性(scalability)が高いこと,
(e) OSI参照プロトコルのネットワーク層を含む全ての上位階層プロトコルを受容できること,わけてもTCP/IPとインターネットアプリケーションがサービス可能であること,
などがあげられる.これらの特長は,CCC21のシームレス通信という技術コンセプトに対し最も親和性の高いものであるということができる.
 

2.2.2 バックボーンネットワークで提供されるサービス

 一般的にATM方式で提供される主な通信サービスとしては以下のようなものが可能である.すなわち,バースト性の高い不安定なデータや,動画映像や会話音声のように時間連続性を高度に要求されるデータの伝送に対して高い適応性を有する.また,ハードウェアスイッチングであるため技術革新による高速性が原理として保証されている.これらの利点は,今後のマルチメディア情報伝送に極めて親和性が高い.

対話型サービス

メッセージ型サービス

検索型サービス

非個別制御型分配サービス

2.2.3 CCC21バックボーンネットワークプロトコル

 ATM参照UNIプロトコルの構造は図2のようになっている.ATMはN-ISDNなどと同じように,呼接続のシグナリング手順やユーザデータの時系列的なマッピング手順を示す縦型のレイヤと,プレーンと呼ばれる水平構造から出来ているのが特徴である.また,これを縦型レイヤ構造のみのOSI(Open System Interconnection 開放型システム相互接続)参照プロトコルと比較したとき,ATMはそのデータリンク層までにしか対応しないため,OSIネットワーク層以上の全てのプロトコルやサービスアプリケーションもサポートできるのが一大特長である. 以下,各レイヤについて簡単に説明する.
 

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図2 ATM参照プロトコル

 
 呼制御信号プレーン(C-plane)は,UNI(User Network Interface ユーザーネットワークインターフェースでは,電話をかける場合に受話器を取り上げて接続要求をしたり,会話終了後に受話器を置いて回線を切断したりするのと同じように,ユーザデータの転送に先立ってATM回線に接続要求を出したり,データの転送終了後に切断を要求したりする,コネクション制御シグナリングのみを行う.このプレーンでの上位レイヤは,Q.2931(N-ISDNではQ.931として仕様が記述されている)など接続にかかるサービスを提供するために参照される.
 ユーザ情報転送プレーン(U-plane)は,送受信のエンド・エンド間でユーザデータの送受信をつかさどる部分であり,通常のユーザデータの送受信は専らこのプレーンで行われる.上位レイヤ(Higher Layer)は,TCP/IPなどの通信プロトコル及びアプリケーションにつながるOSIネットワーク層以上のレイヤである.
 管理情報転送プレーン(M-plane)は,故障情報・設備情報・通信品質(QoS(Quality of Service))などネットワークの管理を行うが,全体の管理を行うプレーン管理,及びレイヤごとの管理を行うレイヤ管理とに分けられる.
 AALレイヤ(ATM Adaptation Layer)は,U-PlaneやC-Planeの上位レイヤから来たデータをその上位レイヤの要求するサービスに対応してAALタイプ1からタイプ5までの5種類のサービスに規定するCS(Convergence Sub-layer)と,CSからのデータを 48オクテットずつに分割したり,逆に48オクテットに分割されて到着したデータをリアセンブルしたりするSAR機能(Segmentation And Reassembly)を担当する.
 ATMレイヤは,制御プレーン・ユーザプレーンの区別なしに,AALレイヤからSAR機能によって分割されて渡された48オクテットのデータ(これをペイロードという)に5オクテットのATMヘッダを付加して,ATMセルと呼ばれる53オクテットのデータセルを構成し,エンド・エンド間でその転送だけをするためのレイヤである.
 物理層(Physical Layer)TCサブレイヤ(Transmission Convergence Sublayer)は,ATMレイヤからきた53オクテットのATMセルをSDH(Synchronous Digital Hierarchy 同期デジタルハイアラーキー)ベースのラベル多重化フレームに組み立てて,最後に同期を取りながらSTM(Synchronous Transport Module 同期転送モジュール)フレームに載せるTCS(Transmission Convergence Sublayer)層と,光ファイバか同軸ケーブルかなど伝送媒体に依存する電気的制御PMD(Physical Media Dependent 物理媒体依存)層とから構成されている.
 まず,B-ISDNネットワークでは,通信事業者はネットワーク加入者のATM端末から,加入者の要求する回線に関係する全てのATMノードに対してVP(Virtual Path 仮想パス)と呼ばれるコネクションを設定する.すなわち,接続経路を示すためのインデックスとして,各ノードに対して固有のVPI(Virtual Path Identifier 仮想パス識別子)と呼ばれる数値と,ノードのATMスイッチの出力ポートを決めるためのインデックスとしてVCI(Virtual Channel Identifier 仮想チャネル識別子)と呼ばれる数値とを設定する.各ノードでは,後述のHCV(Header Converter ヘッダ変換部)にVPIと,VCIとATMスイッチ出力ポート番号とが1対1に対応した対応表を格納しておく.
 さて,いまひとつのATM端末からデータ通信のための接続要求が発せられると,C-planeはそのAAL層によって,そのVPに対して伝送帯域やサービスクラスを端末の要求にしたがって設定する.その設定が完了してユーザが要求するVPが確保されると,U-planeを使ってデータが転送される.ネットワーク内の各ATMノードは,接続要求をした端末から指定されたVPIとVCIをもつデータセルが到来すると,HCVの対応表によってATMスイッチを動作させ,このデータセルを次のノードに転送する.
 以上のATMアーキテクチャの中で一連のユーザデータの流れを模式的に表したものが下の図3である.

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図3 ATMのマッピングイメージ図

 
 先ず,C-planeデータやIPデータグラムなど上位層からの一かたまりのユーザデータなどがAAL層に渡されると,AAL層CSサブレイヤでこのデータ全体のAALサービスクラスを指定するAALCSヘッダが付加される.SARサブレイヤでは,受け取ったAALCSヘッダを含む全データをセグメントに分解し,それにセグメントのシーケンス番号・誤り訂正符号等々を格納する1〜2オクテットのフィールドでできたSARヘッダSARトレイラを付加し,合計48オクテットに分解してATM層に引き渡す.このSARヘッダ・トレイラは,セグメントパケット自身の保護のために付けられている.
 48オクテットのAALパケットを渡されたATMレイヤでは,後述の5オクテットのATMヘッダを付加して合計53オクテットのATMセルとして,下の物理層に引き渡す.
 53オクテットのATMセルを受け取った物理層では,SDHベースインターフェースにこれを引き渡す.SDHベースインターフェースには,155.52Mbps622.08Mbpsの2種類のインターフェースがあるが,VC-4,およびVC-4-4Cなどそれぞれのインターフェース用バーチャルコンテナパスオーバーヘッド(POH)につづくペイロードにATMセルを隙間無く詰めて(図4参照),125μ秒を周期とするSTM-1,STM-4フレームに搭載して,PMDサブレイヤに送る.ユーザデータが無く,したがって詰めるべきATMセルがない場合には空きセルを作ってパディング(穴埋め)する(空きセルの構造については図12参照).
 

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図4 155.52MbpsのSDHベースインターフェースの構造図

 
 PMDでは,使われる物理媒体の性格に合わせて符号化(コーディング)し,光または電気信号として回線に送出する.光ファイバの場合ならNRZ符号化方式が規定されている.
 以上は,送信時のU-planeの上から下への説明であるが,受信時の下位層から上位層への通信処理は全く可逆的であるので説明は省略する.
 

2.2.4 ATMセルヘッダの構造

 ATMレイヤにおけるセルは,図5のように全体53オクテットからなる.その先頭部5オクテットはヘッダで,その後に上述の48オクテットのユーザ情報データ(ATM情報ペイロードまたはただペイロードとも言うが続く.48オクテットのペイロードにはAALレイヤで作られたヘッダやデータが埋め込まれている.
 

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図5 ATMセルの全体像

 
 ヘッダ部の時系列のフォーマットを図6に示す.図6で,GFC(Generic Flow Control 一般的フロー制御)は4ビットのフィールドで,UNIの場合だけに使われ,セルの衝突防止のために用意されている.NNI(Network Node Interface ネットワークノード間インターフェースでは,このフィールドはVPIとして使われている.
 

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図6 UNIのヘッダフォーマット

 
 すでに見たように,VPIはVCIと共に広義のアドレスを表現している.ただし,電話番号やIPアドレスのような意味でユニークな宛先アドレスではなく,各ノードでローカルに定め,その情報は隣接したノード間でしか意味を持たない.すなわち,あるノードでは到達したATMセルのVPIとVCIを上図のヘッダから読み取ると,それをもとにして自分のノードのVCI値に変換して次のノードに転送する.だから,VCIの値はノードを経由する度に変更されていくのである.
 ATM方式は原理的にはコネクション型の通信方式であり,ユーザデータが転送される以前に制御プレーンのシグナリング機能を使ってコネクションが完成している.このコネクション上の各ノードにおける転送経路をVCと言い,このコネクションに割り当てられた通信帯域がVPであった.コネクションが設定された時点で,VPIやVCIはVPやVCのインデックスとしてユニークに設定され,ATM交換機のメモリーに記録されているのである.VPIやVCIはこの意味で経路に付随したパラメータなのであるが,これをたどっていくことでATMセルは受信端末にたどり着くところから,ATMセルのセルフルーティング機能という.あたかもセルが頭脳を持っていて,ノードに到達する度に自分でスイッチを倒しながら目的地を目指しているように見えるのである.
 なお,VCやVPがデータ転送の間中固定的に設定されて変化しないような接続形態のことをPVC(Permanent Virtual Connection),またこれが時々刻々変化するような接続形態のことをSVC(Switched Virtual Connection)という.SVCはB-ISDNの次世代交換技術であり,CCC21としては実験期間の後半でこれを導入していく方針である.下に,PVCとSVCのプロトコルスタックをそれぞれ図7図8として示す.図のように,PVCでは予め設定されたVPやVCの上をユーザデータセルが転送されるのに対して,SVCではデータ転送時点でC-Planeがその都度各ノードのVPIやVCIを設定し,その上をユーザセルは転送される.
 

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 図7 ATM-PVCのプロトコルスタック 

 

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図8 ATM-SVCのプロトコルスタック

 
 実際のATM交換機のブロック図を図9に示した.同図のように,左側のネットワークを通じて伝送されてきたセルは,UPC(Usage Parameter Control 使用量パラメーター制御)において流量制御を受ける.UPCにおける流量制御とは,ユーザがATMネットワークにアクセスするにあたってパケットの単位時間流量をVPを設定するという形で予約していたのであるが,実際のデータフローがその取り決め範囲内であるか否かをチェックすることである.このチェックに不合格となると,原則的にはセル廃棄がなされる可能性がある.
 次にOAM(Operation Administration & Maintenance 保守運用管理部)は,セル損失や誤配のチェックなどネットワークの保守や運用管理を行う.
 HCV(Header Converter ヘッダ変換部)で,到来したセルのVPI/VCIを読んで,この交換機のスイッチ構成に合致させて正しい出力ポートへ導くようにVCIを変換する.これによって,ATMスイッチがハードウェア的に動作してスイッチングが行われる.ATMスイッチには,大別して時分割型スイッチ空間分割型スイッチがあり,それぞれに多くの方式が提案されている.そのうちの時分割型スイッチであるバニアン(Banyan)スイッチの概念図を図11に示す.この図は,すでにVCIがHCVで変換されたものとして描かれている.参考のために,Banyanスイッチの論理的動作を図10に示した.
 

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図9 ATM交換機の概念図

 
 このようにATM交換機群を多段に経過しながら,ATMセルはネットワーク内を転送されていくのである.すなわち,ATMネットワークは,その伝送帯域を仮想パスVPという概念で,伝送路を仮想チャネルVCという概念で認識するロジカルネットワークであると言うことができる.
 

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図10 Banyanスイッチの動作図

 
 再び,図5のセルフォーマットの話に戻る.PT(Payload Type ペイロードタイプ)は,ユーザデータセル・OAM関連セルなどATMセルの種類,輻輳の有無などのソース管理セルを表す3ビットのフィールドである.
 

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図11 ATMスイッチの概念図

 
 CLP(Cell Loss Priority セル損失優先表示)は,輻輳など網の状態によってセル廃棄を優先させるか否かを表示する1ビットフィールドである.ここには1か0が入るが,0は1より優先度が低く,輻輳時に廃棄されにくくなる.
 HEC(Header Error Control ヘッダ誤り制御)フィールドは,HEC以外のヘッダデータについて,生成多項式X8+X2+X+1のCRC(Cyclic Redundancy Check)符号を用いたBCS(Block Check Sequence)誤り訂正方式のために使われる8ビットフィールドである.
 なお,上述の空きセルは下の図12のように一意に決められている.

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 図12 空きセルの構造 

2.2.5 AAL(ATM Adaptation Layer)

 AALレイヤは,既に述べたようにSAR(Segmentation And Reassembly)サブレイヤヘッダ部(SAR-PDU(Protocol Data Unit)ヘッダという),およびトレイラ部(SAR-PDUトレイラという)の各フィールドに1,0のコーディングを行うことで,以下のような4種類のサービスカテゴリーが定義されている.
これらヘッダ部に続く48オクテットのペイロードには,ユーザデータやユーザデータの一部,あるいは後述のAALの制御フィールドが入れ込まれている.
クラスACBR(Constant Bit Rate 固定速度サービス)AALタイプ1として機能を実現している.
クラスBVBR(Variable Bit Rate 可変速度サービス) AALタイプ2が想定されている.
クラスC:コネクション型VBRであるAALタイプ3とコネクションレス型VBRのAALタイプ4.
クラスD:コネクション/コネクションレス型VBRのAALタイプ5.なお,AAL5は,Cプレーンのシグナリングや,ATM-LANのIP over ATMに使われる標準的サービスタイプである.
 AALタイプとカテゴリーは,当初同一のものであったが,発展の段階で変化して,別々の呼び名を持つに至っている.今後も,この部分には技術革新が注入されていくのであろう.
 AALレイヤは,ATM方式の心臓部と言ってもよい重要なレイヤであるが,詳細に過ぎるのでここでは省略する.
 

2.3 CCC21地域基幹ネットワーク

 地域基幹ネットワークとしては,地域によっては新たに光ファイバ網を敷設する動きもあるが,マルチメディア社会の未成熟な現状にあってはとりあえず既設の県防災行政無線網がコストパフォーマンスとして最も高い.また,東京都のように既に大量の自治体光ファイバ網が下水道等に併設されている地域もあるので,そのような場合には無線網を使わなくてもよい.しかし,わが国の殆どの道府県では,防災行政無線網は完備しているものの光ファイバの敷設は緒についたばかりであって,実用に供せられるレベルには無い.
 ちなみに,山梨県及び長野県の防災行政無線網を図示したのが図13である.これらの網は,1.5Mbpsから19Mbpsの帯域を有している.

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図13 中央コリドー沿線の防災行政無線網

 

2.4 地域加入者網

 山梨県は,CATV網が発達している地域である.その殆どは難視聴対策用共聴アンテナ型CATVであるが,その世帯普及率は78%に達している.ただし,その大半が350MHz帯域の一方向型であり,甲府市やその周辺の一部の地域で双方向化がなされ,その一部でIP接続がなされ,そこではインターネットサ−ビスが始まっている.長野県も同様であるが,長野県の場合には加えて有線放送電話網が数多く残っており,農協や第3セクターで運営されている.
 その大まかなネットワーク配置を図14として示す.図には,東京都は表示していないが,ここでは都市型CATVが民営形態で運用されているほか,自治体で構築した光ファイバネットワークが完備している.
 

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図14 中央コリドー沿線地域のCATV・有線放送電話網

 地域加入者網としては,もちろんこの他にLAN(Local Area Network)がある.いうまでも無く,ATMはTCP/IPをIP over ATMなるデータリンク層プロトコルでサポートでき,その他の上位プロトコルもLAN Emulationによってサポートされる.媒体共有型のEtherネットやFDDIなどのデータリンク層のプロトコルとも相互接続性を持つ.LANがATM-LAN方式である場合にはマルチメディアについてほぼ完璧にシームレスに接続される.いずれにせよ,ATM-DSUおよびATMルータでバックボーンネットワークを終端した上で,ATM-LANと接続することで実現する.山梨大学のスーパーYINSはその意味でマルチメディア対応なのである.


3.アプリケーション

 CCC21の実験は未だ緒についたばかりであって,確たるアプリケーション実験が始まっているわけではない.しかし,それでも二三の試みが開始されているので,それらについて報告する.
 

3.1 サテライトスクール

 このアプリケーションは,山梨県が県域シームレスネットワークYCN(Yamanashi Communications Network)を通じて社会教育プログラムを配信していこうというものである.すでに「まなびネット」の名称でインターネットによるWWWを使った生涯学習プログラムの配信や図書館間ネットワークによる蔵書検索システム,デジタルアーカイブ作成・配信などを実施しているが,これにTCP/IPによる動画映像を追加して実験を開始したものである.これらを総称して,山梨県ではサテライトスクール構想と呼んでいる.
 1998年10月15日にサテライトスクール予備実験と銘打って,テレビ会議システムを使って甲府市にある山梨県立女子短期大学から東京大学教授坂村健氏の講演を山梨県下2箇所にCATV回線と防災行政無線1回線ずつを経由して配信し,引き続き甲府・小淵沢町約40km間を結んでパネルディスカッションを行い,成功した.
 そのときのトラフィックデータを図15に示す.同図上の図は,エンコーダの設置されていた山梨県立女子短期大学の対外接続ノードでのトラフィックデータで,実線は出力値,塗りつぶしデータは入力値である.講演の始まった午後2時以前の午前11時から,小淵沢・富士吉田の2会場に向けてほゞ64kbpsで出力している.そして午後2時からは,逆に2会場からの映像が入力されてきて,ほゞ出力値の2倍の入力値が記録されている.16時頃に1会場が不具合を生じてダウンしているものの,ほゞ安定して交信が維持されていたことがこれから分かる.
 図15下の図は,同時にYNIX(Yamanashi Network Interconnection eXchange=山梨地域インターネット接続機構(山梨県域インターネットのローカルNSPIXPで,山梨大学総合情報処理センター内にルータ・サーバを設置している))を介してビデオストリームデータを配信していたため,3会場以外からのインターネットを介したアクセスによるYNIXルータのトラフィックデータである.YNIXはルーティング機能だけなので,入出力値は同一である.ログ記録はないが,約160kbps程度のアクセスが,この日観測された.
 

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図15 トラフィックデータ

 
 次いで,1998年12月19日には第1回本実験として,午前10時より12時まで,山梨学院大学で行われた社会人教育「県民コミュニティカレッジ」最終講座を,富士吉田市・鰍沢町・小淵沢町など3箇所に設置した共聴システムに配信した.また,小淵沢町では民家1世帯にモニターになってもらって近隣の人々を招いていただいて聴講をお願いした.会場を含む全聴講者総数は230名であった.その時の実験用ネットワークシステムを図16に示す.
 図16のように,主会場山梨学院大学から,先ずCATV網を介してNNS日本ネットワークサービス本社へ,安全を見て帯域1.5Mbpsを確保して接続した.
 

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図16 第1回サテライトスクール実験ネットワーク図

 

 NNS本社を経由して山梨県庁及び小淵沢町に分岐する.小淵沢町経路はCATV会社のブリッジ回線を通じて町内2箇所にバーチャルコネクションを設定して配信した.
 一方,県庁ルータを介して分岐した二つの経路は防災行政無線網を利用して,一つ は,御坂山系を越えて富士吉田市へ,もう一つは富士川沿いに鰍沢町のいずれも山梨県合同庁舎へ配信している.
 これらはすべて多地点接続装置を用いたTV会議システムであったが,一般の聴講も可能なように予備実験時と同様インターネットでも配信した.その開催時間帯にYNIXサーバーにアクセスしたパケット量の時間変化を図17に示す.

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図17 第1回サテライトスクール実験時のインターネット経由聴講

 

3.2 スーパーコラボレーション実験

 市民レベルの情報化の立ち遅れと同様に中小企業レベルの情報化の立ち遅れも深刻である.そしてここにおける情報化への障害要因も市民レベルのそれと大同小異であるように思われる.すなわち,経営者や従業員の情報・コンピュータ・ネットワークに関するリテラシーが十分でないこと,コストパフォーマンスを満足するシステムが存在しないこと,企業経営に直接的に関係するようなマルチメディアアプリケーションが見当たらないこと,等々である.
 そこで,手始めにCCC21山梨ノードに「ハイパフォーマンス地域コラボレーションシステム」の構築を進めている.これは,とりあえず「ビデオパークサブシステム」と「コラボレーションTV会議システム」の二つのサブシステムから出発している.
 

3.3.1 ビデオパークシステム

 ビデオパークシステムは,(財)山梨21世紀産業開発機構内に構築したビデオパークセンターシステムにより,世界標準規格で圧縮した動画映像をシームレスネットワークを介して双方向に配信するシステムである.そのセンターシステムの概略をを図18に示す.
 本システムは,圧縮方式としてMPEG4を採用し,ブラウザによりHTTPプロトコルで情報の受発信を行う仕組みになっている.データの制作およびDBへの格納は,システム管理者からもクライアントからでも双方向に,アカウントを有する者ならネットワーク内からアクセス可能になっている.ただし,システム管理者は,データの適正さについてDB格納前に事前チェックを行うこととし,ここで承認されないものは格納されない仕組みになっている.閲覧用クライアントソフト及び登録用クライアントソフト及びビデオエンコーダーは,(財)山梨21世紀産業開発機構が貸与する.ただし,その他のハードウェアはクライアント側で用意することとしている.代表的なコンテンツとしては,以下のようなものが計画されている.

(a) ベンチャー企業等動画情報提供

 ベンチャー企業・中小創造法認定企業等から企業活動にかかる動画情報を提供してもらい,それを配信する.これを,CCC21ネットワークで広く広域に配信することで,企業の存在をアピールするとともに,受発注に結びつけることを狙いとしてコンテンツを制作する.

(b) コーディネータ情報

 広く,税理士・弁護士・弁理士・中小企業診断士・大学等の研究者等々による,企業人に役立つ経営・技術・先端研究・経済・金融などに関する講演などを実況放送するのと,さらに動画DBに格納してVOD(Video On Demand)システムとしてネットワーク上で配信する.

(c) バーチャル地場産業センター

 地域の伝統産業であるニット・テキスタイルなどのアパレル産業,ワイン,印鑑・宝石・印伝などの宝飾産業等々地場産品を広く紹介することによって,販路の拡大,デザインの普及などを図る.特に,公的試験研究期間で開発された作品の紹介の展示・発表の場として活用していく.また,アパレル商品についてのミラノやパリなどにおける最新流行の街角風景をDBに格納して,上記のシステムによって配信する.これによってデザイナの感性をリフレッシュしてもらう.
 
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図18 ビデオパークシステムセンター設備

 

3.2.2 コラボレーションTV会議サブシステム

 多(8)地点TV会議システムをセンターに構築して,以下のような会議を運用する.会議開催は事前にEメールで,会議の名称・参加者のホストIPアドレス・会議時間等を管理者に申し込む.管理者はその会議をスケジューラに登録することで,Eメールにより開催通知を参加者全員に自動通知し,開催時刻5分前になると,自動的に会議開始を通報し,予定時刻に接続が完了して会議が始まり,予定時間が終了すると会議システムを閉じる.現在,以下のような会議を計画している.システムはマルチベンダー環境で利用できるように考慮されている.

(a) 共同研究情報交流

 公設試験研究機関・大学・企業の産学官の共同研究グループ間でTV会議システムを運用することで,研究開発段階のコミュニケーションを図る.

(b) バーチャル企業合併

 商品の開発・設計・生産・組み立て・配送等々個々の商品の流れに応じてバーチャルな協業システムを確立し,その流れに沿って映像や静止画・テキスト・伝票などを流すことで中小企業の規模をバーチャルに拡大するシステムを模索する.これによって,共同受注の可能性を探ってみることとしている.特に,トップランナー形成を図ることとし,参加企業は,個々に最も優れた技術要素を持って参加することで,高度な製品の生産とともに,企業規模のバーチャルな拡大を目指す.

(c) アフターケア情報

 出荷された製品のトラブルシューティング支援をこのシステムによって行う.試験的にクライアントに同一システムを提供することで,どの程度濃密なコミュニケーション環境が創造できるかを実証することとしている.
 

3.3 その他のアプリケーション実験

 CCC21では,上記以外にいま数多くのアプリケーションを準備している.紙数の関係から表題だけを下に示す.
ヴァーチャルラボ:マルチメディアモーダルシステムの構築と運用(山梨大学・郵政省通信総合研究所共同研究)
通信方式:CATV回線の超広帯域全2重化方式の開発
福祉関係アプリケーション:特に公的介護保険関係の受け付け・認定・サービス記録などのDBシステム
医療関係アプリケーション:遠隔医療診断/医療用高精細画像通信
教育関係アプリケーション:不登校児童生徒在宅学習/院内教育プログラム
労働関係アプリケーション:テレワーキングプログラム/技術者リカレント教育プログラム
行政情報関係アプリケーション:ワンストップ行政サービス
情報サービス関係アプリケーション:現地印刷システム/MODサービス
その他のアプリケーション:ITSサービス/ECサービス

4 おわりに

 以上,CCC21が取り組んできた次世代スーパーハイウェイを使ったB−ISDNネットワークシステムとマルチメディア実験の中間的成果について報告した.インターシティバックボーンであるスーパーハイウェイのATMネットワークは,1999年2月をもってスタートすることになっており,まだこの時点では共用開始に至っていない.また,冒頭述べたように,数多くのアプリケーション実験もその本格的な開始は1999年春以降になるであろう.それゆえ,ここでの報告はそのとば口を紹介したに過ぎない.
 1983年,いわゆるニューメディアブームと呼ばれた時から,今まで数多くの試みが為されてはきたが,それらのほとんどは専門家を対象としたシステムであった.ここに紹介したような不特定の市民レベルを対象としたマルチメディア実験はあまりその例が無い.その意味で,この試みが些かでもインパクトを与えることができ,その結果どのように社会に波紋が拡大していくか,その興味は尽きないものがある.読者諸賢の批判と提案に期待したい.
【謝辞】
 本論文中に掲載したトラフィックデータは,山梨県立女子短期大学八代一浩助教授から提供されたものである.また,特にサテライトスクール実験については,「山梨県シームレス通信技術実験推進協議会」の会員の皆さん,山梨県庁企画県民局情報政策課,郵政省関東電気通信管理局,中央コリドー高速通信実験プロジェクト推進協議会本部事務局(事務局長北村彰啓氏),鞄本ネットワークサービス,山梨県教育委員会社会教育課,YNIX,日本システムウェア梶C日本電気梶C小淵沢町営CATV局「にこにこステーション」等々多くの企業・団体・個人のご支援の下になされた.スーパーコラボレーションシステムについては,そのシステム設計について,鞄月ナ,日本電気鰍フご支援を受けている.また,計画のまとめには(財)山梨県21世紀産業開発機構,山梨県情報政策課の企画力にも与っている.これらの皆さんに深甚なる謝意を表する.
【参考文献】
中央コリドー高速通信実験プロジェクト報告書概要 平成10年3月
中央コリドー高速通信実験プロジェクト報告書CD版平成10年11月

 筆者は,CCC21協議会副会長の一人であり,代表幹事・ネットワークインフラ委員会委員長を兼務している.また,同協議会設立準備会会長をもつとめた.

シグナリング手順:電話の場合を例にとると,電話をかけるにあたって受話器を上げることで回線使用要求を発呼する.次にダイアルを回して受信先への接続要求を行う.接続が完了すると受信端末のベルを鳴らし,受信者が受話器を取り上げた段階で呼接続制御が完了する.通信が終わり,送信者が受話器を置いた時点で回線の接続を切断する.これら一連の手続きがシグナリング手順である.

マッピング手順:ATMセルやAALヘッダなどのプロトコルフィールドに必要なデータを挿入していくこと.

UNIプロトコル:ユーザ端末とATM網の間のインターフェース参照点におけるプロトコル.一般にWANのプロトコル体系は,ネットワークの場所によって異なる体系をとる.

AALCSヘッダ:このヘッダは,CBRのAAL5などでは付加されない.

UNI・NNIインターフェース:UNIインターフェースはATM網とATM端末との間のインターフェース.NNIは結節点であるATMノードとこれに繋がれたネットワークの間のインターフェースのこと.

コネクション型通信方式:端末と端末の間に接続経路を設定してエンド・エンド間で通信をするタイプの通信方式のこと.電話やファクシミリなどはこの代表例である.LANによく使われるEthernet(IEEE802.3)やFDDI(IEEE802.5)のような媒体共有型の通信では,受信相手を特定しないでパケットヘッダに書かれた宛先アドレス(MACアドレスという)のあるものだけが受信する権利を与えられて交信できる.こういう方式をコネクションレス型通信方式と言う.

セル廃棄:セル廃棄規定としては,1.廃棄,2.スムージング,3.バイオレーションタグ付与などの方式がある.廃棄は違反セルは即座に廃棄するのであるが,スムージングではバッファメモリーに蓄えて再送する.これは電話や動画映像などのようなシリアルデータにはむかない.バイオレーションタグはCLPに1を入れて返送することで送信端末にデータ転送流量を減らすことを要求するのである.

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