Problems
of Distance Education and What a Distance Education Should Be
遠隔教育の課題とあり方
Attached Center for
Educational Research, Faculty of Education and Human Sciences,
Associate Professor,
山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター
助教授 林尚示
1. 研究目的
本研究は,現在の遠隔教育の課題を明確化することと,情報化社会に対応した遠隔教育あり方とを検討することとを目的としている。
グローバル化する国際社会の中で,人々がより有益な情報をより効率よく獲得するためには,情報通信技術の教育利用についての研究は必要不可欠である。情報通信技術の発展に伴う学校教育や生涯学習の場面での遠隔教育の研究は,学習者の多様な学習ニーズに応えていくために必要である。
アメリカでは,1999(平成11)年度において95パーセントの公立学校がインターネットに接続されており(1),連邦教育省はインターネットアクセスの高速化と教員の技術向上を重視する教育政策をとっている(2)。イギリスでも,2000(平成12)年9月現在,初等中等学校の約9割がインターネットに接続されており(3),高等教育財政審議会ではインターネット大学設立の基本構想を公表している(4)。フランスは,2000(平成12)年9月に,EU議長国として遠隔高等教育に関する国際会議を開催した(5)。ドイツでは,2000(平成12)年8月段階で必修教科「インターネット」の設置を過半数が支持している(6)。中国では,2000(平成12)年10月の全国情報技術教育工作会議で10年かけて90%の学校をネットで結ぶことが発表された(7)。
我が国でも学校のインターネット接続は政策的にも推進されており,インターネットでの教育情報収集,E-mailによる交流,テレビ会議による交流などさまざまな教育実践研究が展開されている。本研究では,特に遠隔教育に焦点化して,インターネットを利用する形態や通信衛星を利用する形態を比較することによって,それぞれの利点と課題を具体的事例に即して検討するものである。このことにより,今後の我が国の遠隔教育に一定の方向性を示すことを研究の狙いとする。
2. 研究対象および研究方法
研究対象は,大学授業のための学内でのテレビ会議利用,education and learning
Network,Space Collaboration Systemの3事例とする。第1番目の事例はLocal Area Network(以下,LAN)を利用した遠隔教育であり,後者の2事例は通信衛星を利用した遠隔教育である。研究方法は前述3事例を遠隔教育の利点と課題の明確化という視点から分析する事例研究の方法を採用する。
3. 研究内容
3-1 大学院授業及び学部授業でのテレビ会議システム導入の試み
2001(平成12)年度後期,山梨大学大学院教育学研究科修士課程の授業「教育方法学特論演習」および山梨大学教育人間科学部の授業「授業研究実践論」で概ね2回に1回程度の割合でテレビ会議システムによる遠隔授業を実施した。なお,使用したテレビ会議システムの概要は下記の通りであり,本体は写真1,外付カメラは写真2である。
表1 テレビ会議システムの概要
製品名 |
POLYCOM
VS4000 |
ビジュアルクオリティ |
最高60fps(テレビ放送並み) |
LANインターフェース |
H.323(3拠点を512Kbpsで接続) |
最大データ転送速度 |
2Mbps |
ローカル表示形式 |
XGA |
(http://www.polycom.co.jp/viewstation/pdf/VS4000.pdf 参照,2002年2月18日)
写真3はサテライトホール(山梨大学情報メディア館多目的ホール)の写真であり,写真4は非遠隔授業時に出題された学習課題について学生が携帯電話のE-mail作成機能で解答を作成し,課題提出をしている場面である。この取り組みについては後に説明する。
大学院授業「教育方法学特論演習」では,実験的にテレビ会議システムを導入して,教育課程・教育方法の基礎的な概念や学習理論を中心として授業を進めた。また,学部授業「授業研究実践論」でも,実践的にテレビ会議システムを活用してカリキュラム研究の先端を複数の研究者の論文をもとに検討した。これらの授業の中での遠隔教育の利用頻度は,ほぼ2週間に1回のペースであった(8)。この教育実験は,山梨大学情報メディア館多目的ホールと山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター授業研究演習室との間での学内の遠隔教育という形式で実施した。
その際,非遠隔授業時と遠隔授業時で授業時間内に「遠隔授業の利点と問題点」と題する課題を出した。なお,受講者全員が携帯電話を所有していたため,携帯電話のE-mail送信機能を利用して回答を受け付ける試みを実施してみた。携帯電話による課題提出の利点は,@コンピュータと違ってすぐにその場でE-mailを出せる,A回収後講師はパソコンでE-mailの整理ができる,という2点である(9)。それでは,非遠隔授業時に実施した「遠隔授業の利点と問題点」という課題に対する学生の回答を分析してみることとする。なお,回答者は「教育方法学特論演習」と「授業研究実践論」の2001(平成13)年12月17日出席者計10名である。
表2 非遠隔授業時「遠隔教育の利点と課題」(利点)
遠隔教育の利点(複数回答あり) |
人数(名) |
会場への移動時間が短縮されるため,地理的制約が軽減できる。 |
9 |
複数の会場で受講できるため,1講師の担当する学生数を増やせる。 |
4 |
他の学校と交流や共同研究ができる。 |
2 |
機材の新鮮さから集中力が増す。 |
1 |
大会場で受講すると講師がスクリーンに拡大表示されるので見やすい。 |
1 |
(林尚示,2001年12月17日,非遠隔授業時,回答者10名)
地理的・時間的制約の解除を90%の学生が上げている。主として「会場への移動時間が短縮されるため,地理的制約が軽減できる」という観点に回答が集中している。このこと関連する回答として,「他の学校と交流や共同研究ができる」という観点にも回答が集中している。なお,「機材の新鮮さから集中力が増す」という回答は,当初の数回は期待できるが機械になれた後でも継続して集中力が増すかどうかは検討の余地がある。また,「大会場で受講すると講師がスクリーンに拡大表示されるので見やすい」という回答もあったが,これは遠隔授業を用いなくてもカメラで講師を撮影し液晶プロジェクターで映写すれば可能であるため,遠隔教育の利点というよりは,付随する効果と判断するほうがより適切であろう。
次に非遠隔授業時に調査を実施した遠隔教育の課題についての学生の回答を以下にまとめることとする。
表3 非遠隔授業時「遠隔教育の利点と課題」(課題)
遠隔教育の課題(複数回答あり) |
人数(名) |
機材が整わないと遠隔教育ができない。 |
4 |
相互の反応が分かり難く,臨場感が不足する。 |
3 |
コミュニケーションが取りにくく,人間関係が育ちにくい。 |
3 |
実物を教材とすることが難しい。 |
2 |
カメラがどこを写しているか分からないため落ち着かない |
1 |
(林尚示,2001年12月17日,非遠隔授業時,回答者10名)
この調査では機材の整備,臨場感不足,コミュニケーション不足,実物の教材化の困難性を指摘する学生がいた。また,「カメラがどこを写しているか分からないため落ち着かない」という指摘があったが,カメラの向きを意識させることは技術的には可能である。
次に,遠隔授業時に実施した「遠隔授業の利点と課題」というテーマに対する学生の回答を分析してみたい。なお,回答者は「教育方法学特論演習」の2002(平成14)年2月4日出席者と「授業研究実践論」の2002(平成14)年1月7日出席者計15名である(10)。
表4 遠隔授業時「遠隔教育の利点と課題」(利点)
遠隔教育の利点(複数回答あり) |
人数(名) |
会場への移動時間が短縮されるため,地理的制約が軽減できる。 |
7 |
大会場で受講すると講師がスクリーンに拡大表示されるので見やすい。 |
3 |
複数の会場で受講できるため,1講師の担当する学生数を増やせる。 |
1 |
体調が悪いときに便利である(風邪をうつさなくて済む)。 |
1 |
従来の人工衛星を使った遠隔授業と比べて,お互いのやり取りが直ぐできる。 |
1 |
(林尚示,2002年1月7日及び2月4日,遠隔授業時,回答者15名)
時間的・空間的制約の解除を指摘する回答が多く,また,講師の講義状況についての大画面表示は概ね好評のようである。衛生管理の上でも,相互の教室が独立しているので,風邪のウイルス等から学生を守ることにも一定の有効性があるとするユニークな回答もあった。
表5 遠隔授業時「遠隔教育の利点と課題」(課題)
遠隔教育の課題(複数回答あり) |
人数(名) |
コミュニケーションが取りにくく,人間関係が育ちにくい。 |
7 |
相互の反応が分かり難く,臨場感が不足する。 |
5 |
機械を操作している人に負担がかかる。 |
3 |
機械のトラブルに左右されやすい。 |
2 |
小学校では安全面でも不安がある。 |
1 |
(林尚示,2002年1月7日及び2月4日,遠隔授業時,回答者15名)
なお,「機械を操作している人に負担がかかる」という問題点は,今回の授業が実験段階であり,サテライト教室の学生に操作を委託したのでこのような問題点が浮上してきた。次年度はティーチング・アシスタントの雇用予定があるため,この課題は克服できる。「小学校では安全面でも不安がある」との課題は,やはりサテライト教室にティーチング・アシスタントを配置することによって解決可能である。
この学内の取り組みは,大学間を結ぶ遠隔授業と比較して,比較的容易に企画運営でき,教室定員等による受講者制限を緩和する機能もある。また,マクロな視点から考察すると,仮に通信衛星を活用した大規模な遠隔授業との連携を図ることが可能となれば,その利用方法はさらに多様化することとなる。
3-2 education and learning Network
(el-Net)
education and learning Networkとは1999(平成11)年7月から文部省(現在の文部科学省),国立教育会館,国立オリンピック記念青少年総合センター,国立科学博物館,各都道府県・政令指定都市の教育センター,学校,公民館などを通信衛星Superbird-Bを利用して回線で結ぶ「教育情報衛星通信ネットワーク」のことである(11)。
education and learning
Networkでは,教育関係者への研修プログラム,Open Collage (以下,el-Net Open Collage),子ども放送局,家庭教育セミナー等を配信している(12)。この中で我が国の大学が積極的に参加できるプログラムはel-Net Open Collageである。このプログラムは大学の公開講座を通信衛星Superbird-Bを活用して配信するものである。筆者は多数の協力をいただき,このel-Net Open Collageに講師として,また,山梨大学ワーキンググループの一員として参加した。education and learning
Networkはデジタル映像送信技術を利用するものであり,MPEG2 ,6Mbpsという高精細な条件で画像を送信できる点が特色である。
先に示したとおり,山梨大学ではワーキンググループを構成してel-Net Open Collageに参加した。なお,el-Net Open Collageの取り組みは文部科学省委嘱事業として展開されているものである。山梨大学では2講座4講義を全国公開したが,その中で本稿では筆者が講師を務めた公開講座名「教員リフレッシュ研修」の中の講義「学校教育と総合学習」を中心として検討する。
el-Net Open Collageに山梨大学のワーキンググループが参加した目的は,「衛星通信ネットワークを利用して教育情報を提供することにより,衛星通信ネットワークで配信されるコンテンツの高度化を推進する」ことである。そして,この事業の委嘱期間は2001(平成13)年9月1日から2002(平成14)年3月31日までである。el-Net Open Collage委嘱事業の概略については,以下の通りである。
@el-Net Open Collageの番組収録作業
Ael-Net Open Collageの番組編集作業
Bel-Net Open Collageのテキスト原稿作成作業
次にel-Net Open Collage事業の実施経過を説明しよう。2001(平成13)年9月よりワーキンググループを発足させ,番組収録,番組編集,テキスト原稿作成を実施した。そして,製作した番組は日本全国のel-Net受信施設に滞りなく放送された。
事業の成果と今後の課題としては,次の点を指摘できる。まず,事業の成果としては,山梨大学の公開講座を日本全国のeducation and learning
Network受信施設に配信し,我が国の生涯学習の推進に寄与することができた。スタッフ側は,番組収録,番組編集作業のノウハウを獲得することができた。また,著作権やその取り扱いについての留意点についても学習することができた。なお,山梨大学ワーキンググループの著作物である収録番組を1回限りの放送で日本全国に公開するのではなく,たとえばウェブページ上にデジタルコンテンツとして掲載する,著作権者が貸し出しを行う,大学等で講義に利用するなどといった効果的な二次利用の方法を検討することは,今後の課題として残された。公開講座「教員リフレッシュ研修」として収録した二つの講義は山梨大学公開講座としてel-Net Open Collageとは別途に地域教育関係者や一般市民に公開した5講義の内の二つである。その中の一つである,筆者が担当した講義の様子は次の通りである。
山梨大学公開講座は山梨大学が主催し,山梨県教育委員会・甲府市教育委員会が後援して実施された。この公開講座は,小学校・中学校・高等学校等の教師が自身の授業を見直すための内省的な力量形成の研修プログラムである。この公開講座は,1994年度から,日々教育改善,教育改革に取り組む教師を対象にして開設された。
2000(平成12)年度の山梨大学公開講座は,山梨県立科学館で市川直貴の化学実験や平井実の天文学に関する講座を実施した。また,山梨県総合教育センターの望月勝を迎え,高等学校教育の実践研究について当事者の視点から講義が行われた。さらに,山梨大学教育人間学部附属中学校の今村淳一や山梨大学教育人間科学部附属小学校の
2001(平成13)年度のel-Net Open Collageの放送内容は,前年度の山梨大学公開講座の内容を受けて現在の学校教育について検討し,それに基づいて教員の力量形成を図る「教員リフレッシュ研究」を企画したものの一部である。山梨大学公開講座の詳細は次の表のとおりである。
表6 山梨大学公開講座「教員リフレッシュ研究」の内容
事 項 |
内 容 |
講座の名称 |
第8回教員リフレッシュ研修 |
講座の内容 |
テーマ 博物館等を活用した特色ある学校教育 |
第1日目 2001(平成13)年11月3日(土曜日) 午後2時から午後2時10分まで ・ 開講式及び諸連絡 午後2時10分から午後5時まで(170分) ・ 博物館をとおしてみた山梨県の考古学(新津) |
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第2日目 2001(平成13)年11月4日(日曜日) 午前9時30分から午前11時まで(90分) ・ 山梨大学教育人間科学部附属小学校の教育実践(古屋) 午前11時10分から午後12時40分まで(90分) ・ 山梨大学教育人間科学部附属中学校の教育実践(今村) 午後1時40分から午後3時10分まで(90分) ・ ITを活用した博物館利用教育(成田) 午後3時20分から午後4時50分まで(90分) ・ 総合的学習と学校教育(林) 午後4時50分から午後5時まで ・ 修了証書授与式及び閉講式 |
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開講期日 時間帯 場所 |
2001(平成13)11月3日(土曜日) 午後2時から午後5時まで 会場 山梨県立考古博物館 2001(平成13)11月4日(日曜日) 午前9時30分から午後5時まで 山梨大学情報メディア館3階SCS教室 (延べ1.5日間) |
募集人員 |
20人 |
募集対象 |
○男・○女 ○一般市民 ○大学生 ○その他(小・中・高校教員) |
講師名 所属 |
新津 健 山梨県立考古博物館・学芸課長 成田雅博 山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター・助教授 古屋公彦 山梨大学教育人間科学部附属小学校・教諭 今村淳一 山梨大学教育人間科学部附属中学校・教諭 |
実施責任者 |
林 尚示 山梨大学教育人間科学部附属教育実践総合センター・講師 |
備 考 |
新津担当分のうち60分間及び林担当分のうち60分間は,エル・ネット「オープンカレッジ」の収録を兼ねる。 |
第1日目は,山梨県立考古博物館において,考古学研究の最先端に触れる企画であり,この講義もel-Net Open Collageで収録の上配信されている。第2日目は,山梨大学の教室を使用して山梨大学教育人間科学部附属小学校及び山梨大学教育人間科学部附属中学校で実施されている授業実践の事例報告,情報教育の最新状況,および総合的な学習の時間と学校教育のトレンドを探る講座内容を実施し,その一部である筆者担当分をel-Net Open Collageで収録配信した(13)。
この公開講座は教育者としての力量形成を希求する現職教員を主対象として開催したが,山梨県立考古博物館の展示内容,山梨大学教育人間科学部附属小学校,山梨大学教育人間科学部附属中学校の授業内容などに興味を持つ一般社会人,父母,学生等の参加も例年歓迎している。
3-3 Space Collaboration System (SCS)
Space
Collaboration System(SCS,スペース・コラボレーション・システム)とは,衛星通信大学間ネットワークのことである(14)。このシステムは,2001(平成13)年度末までに123機関150局及び車載局1局が参加する高等教育機関を対象とした交流インフラとなっている(15)。この衛星通信大学間ネットワークは,1995(平成7)年度の補正予算により開発がはじまったもので,当初の参加局は51局であったが,近年徐々に局数が増加してきている。
Space Collaboration SystemはHUB局(VSAT制御地球局)とVSAT局(Very Small Aperture Terminal)によって構成されており,山梨大学ではVSAT局を所有している。なお,HUB局はメディア教育開発センターに設置されており,この局はネットワーク全体の制御・監視をする役割を担うものである。他方,VSAT局とは,他局と同時に双方向の映像や音声などの情報を交換することの可能な局であり,複数の国公私立大学,高等専門学校及び大学共同利用機関に配置されている(16)。
各VSAT局では,相互授業・合同授業・合同ゼミ,研究会・研究打ち合わせ・事務打ち合わせ,シンポジウム・各種会議などの利用形態での企画ができる(17)。特に,授業やゼミでの利用では,大学間でのティーム・ティーチングを可能にしたり,多大学で受講している学生同士の交流を促進したりする効果が期待できる。研究会や打ち合わせでの利用では,従来,全国から特定会場へ集合しなければ成立しなかったような研究会などから,時間的,距離的制約を軽減できる。シンポジウムや会議での利用についても各局間での質疑応答が十分可能なので,双方向性のあるシンポジウムや会議が実施でき,大規模なシンポジウムや会議を運営しやすできる。
筆者が山梨大学教育実践総合センター教官として過去2年間に渡って参加しているプログラムとしては,次のような取り組がある。それは,大学間遠隔共同講義「SCS教育工学特講1」(前期)や「SCS教育工学特講2」(後期)である(18)。この講義は,教育実践研究関連センター協議会が研究プロジェクトとして実施している「教育実践研究におけるSCS利用プロジェクト」である。この講義は大学院学生対象であり単位は2単位で,2001年度後期の場合,原則として,第2・4金曜日に隔週で実施され,計8回実施予定となっている。受講対象は大学院学生であり,時程は17:50〜18:00 が準備,18:00〜20:00 がSCS講義及び討論,20:00〜21:00 が事後演習となっている(19)。
山梨大学では大学院の正規の授業として大学間遠隔共同講義「SCS教育工学特講1」(前期)や「SCS教育工学特講2」(後期)の授業が認可されていないため,2001(平成13)年度大学院学生の受講はされていない。現在は山梨大学の教官が研究の一環として可能な限り受講しているという形態である。よって,このプロジェクトの現状としては,正規授業化されていない点を指摘できる。この原因としては,大学間遠隔共同講義「SCS教育工学特講1」(前期)や「SCS教育工学特講2」(後期)の開講時間が夜間であるため,大学院の授業としては従来の時間枠に入らなかったためである。しかし,山梨大学の場合は近年,大学院授業の一部夜間開講も実施が始まっているので,正規授業化はそう難しいものではなくなってきている。Space
Collaboration System利用に関して大学独自の課題としては,2002(平成14)年10月に山梨大学は山梨医科大学と対等合併するが,山梨医科大側に残念ながらSCS受信施設が整備さていない点を指摘することができよう。なお,現在全国的な規模で実施されているこの取り組の具体的な内容等については次に示す。
表7 2001(平成14)年度「SCS教育工学特講2」(後期)
日程 |
テーマ予定 |
講師予定(敬称略) |
2001年10月12日(金) |
下村勉(三重大) |
|
2001年10月19日(金) |
テレビ会議システムを用いた遠隔学習 |
松下文夫(香川大) |
2001年11月9日(金) |
レポート報告と討論 |
松下文夫(香川大) |
2001年11月30日(金) |
知的教育 |
長瀬久明(兵教大) |
2001年12月14日(金) |
レポート報告と討論 |
長瀬久明(兵教大) |
2002年1月25日(金) |
メディアリテラシーとその育成方法・映像教材の構造に着目した分析的視聴方法 |
園屋高志(鹿児島大) 浦野弘(秋田大) |
2002年2月8日(金) |
レポート報告と討論 |
園屋高志(鹿児島大) |
2002年2月22日(金) |
21世紀における情報教育・メディア教育の課題 |
中村絋司(北教大) |
上左の写真7は山梨大学情報メディア館SCS教室の操作卓の整備状況である。なお,受信機材の主要部は隣室のラックに収納されている。受講中はSCS教室の操作卓で必要なすべての操作が可能となっている。上右の写真8は,実際に講義中に送られてくる映像とそれを投影する装置である。山梨大学SCS教室では,大きなスクリーンとその左右にテレビが配置される形態をとっている。
4. 結論
4-1 遠隔教育の課題
本稿では,LANを使用したテレビ会議システムと通信衛星を使用したテレビ会議システムの両者を事例として検討してきた。その結果,遠隔教育の課題とあり方についていくつかの点が浮上してきた。まず,遠隔教育の課題としては,次の三点を指摘することができる。
第一番目に,臨場感を高める工夫をすることが課題である。具体的には,授業でのテレビ会議システム利用時には一方的に講義をするのではなく,遠隔で出欠確認を確認したりテキストをサテライト教室で音読したりすることが考えられる。また,Space Collaboration Systemでは発言要求ができるように工夫されているため,これを積極的に利用していくことも必要であろう。el-Net Open Collageは収録番組であるため,筆者担当部分についてはインターネット上の掲示板システムによる質問を受け付けているが,それ以外にもE-mailによる質問受付やファクシミリによる質問受付という方法も選択可能である。
第二番目に,教師と学習者との人間関係を構築するための工夫をすることが課題である。近年,「メルトモ」なる言葉も登場しているように,従来では考えられなかったE-mailによる人間関係構築が可能となりつつある。遠隔で受講している受講者同士で共同作業を実施することなども人間関係構築には有益であろう。
第三番目に,テレビ会議システムの物理的トラブル時のバックアップ体制を確立することが課題である。例えば,仮にel-NetやSCSで2会場を接続した際,これとは別途にMicrosoft Net Meeting等で2会場を接続しておくと,主要回線がダウンしても当座の講義を進めることが可能となる。
4-2 遠隔教育のあり方
LANを使用したテレビ会議システムと通信衛星を使用したテレビ会議システムの両者を事例として検討した結果,遠隔教育のあり方としては,次の2点を指摘することができる。
第一番目に,単一のシステムを利用した遠隔教育から多様なシステムを併用した遠隔教育への転換があげられる。これは,臨場感を出すためや人間関係を構築するため,そして,物理的トラブルへの対応などの理由から必要である。LAN,通信衛星,インターネット,携帯電話,ファクシミリ等を必要に応じて併用することで一定水準の授業環境の確保が可能なのではないだろうか。
第二番目に,大学の授業の中でも主として講義形式の授業において遠隔教育はそのメリットを十分に生かすことが可能であろう。それに対して,演習,実習,実技で十分な成果を得るための教育方法上の創意工夫には検討の余地があるかもしれない。しかし,今後のあり方として,主として講義形式の授業に焦点化して有効利用の方法を検討することが必要なのではないだろうか。
5. 註