4.新しい展開の下での地域社会と自治の課題

 

 以上の展開に対して既存の地域社会組織はどのように対抗あるいは変質していく

のであろうか。まだ情報世界が明確なものとなっていない以上推測の域を出ないが

、基本的には既存の地域リーダーたちは自らの無力化を座視する他はないように思

われる。なぜなら新しい情報空間は、定住が余儀なくする半永久的な対面接触が創

り出す地域生活空間とは全く異質のものだからである。情報空間上の町内会長など

原理的に存在し得ない。原理的に存在し得ない以上、有効な対抗策を構築し得ない

。既存の地域リーダーたちの対抗策はせいぜい既得の政治的影響力の維持か、財政

難を理由に展開を遅らせる位なものである。しかし、納税者としてすら影響力を持

たない彼らは、もはや「偽りの貼り札」(E.デュルケム)に過ぎないのである。

A市の財政部門は、筆者のヒアリング調査に対して、近年の財政難の最大の原因と

して法人市民税の減少を挙げていた。地方自治体は、その「上得意」でなくなった

自営業者たちの「我田引水」にいつまで寛容たり得るであろうか(逆に自営業者た

ちは、実質目減りしていく影響力を維持するために、彼ら得意の「地域への貢献」

を今以上に誇示するようになるであろう。地域防災組織しかり、福祉ボランティア

しかり。しかし、新しい情報世界の出現は、その自明性をも解体していく)。遠か

らず、彼らもまた情報空間上の1単位=市民に再構造化され尽くされるであろう。

 真の課題は、このいわば電子情報空間上の自治体において自治と民主主義の原則

をどのように実質化し得るかにある。その際課題となる点を列挙しよう。

(1) 生活空間を電子情報空間に接続する際の合理性の確保

 情報化されたとはいえ、住民はそれ以前に1個の身体をもつ生活者である。質的

な性格をもつかれらの個別の生活状況を情報空間上に置換する際の、合理的かつ客

観的な基準の共有が必要となる。さらにその基準の遂行者としての行政職員の養成

が課題となる。かれら新しい「街頭官僚」(畠山弘文『官僚制支配の日常構造』1

989年,三一書房刊、参照)に期待される社会的パーソナリティは、個別の生活

現実への職人的な執着ではなく、総体としての行政のもたらす正義への倫理的な信

頼である。

(2) 情報空間から政策を形成する際の合理性の確保

 (1)と矛盾するようではあるが、新しい自治体における政策形成は個別の生活現実

から独立した情報空間においてのみ行われる。この場合あらゆる個別の生活現実は

政策形成の客観性の阻害要因である。新しい「街頭官僚」制の対極に、こうした政

策形成を担う新しい専門官僚制が構築される必要がある(拙稿「構造分析から社会

過程分析へ」蓮見音彦他編著『現代都市と地域形成』1997年,東京大学出版会

刊、参照)。両者の関係は、たとえていうなら法廷における検事・弁護士と裁判官

の関係である。

(3) 新しい地方自治体を監視する市民組織の構築

 新しい自治体における民主主義は、私的欲望の相互解放・相互抑圧(民主主義の

戦後的貧困)ではなく、合理性・客観性として構築されることになるが、それが自

治であるためには、この合理性・客観性を市民自らの手で構築することが不可欠で

ある(蓮見音彦「地方自治体行政とコミュニティ」蓮見音彦・奥田道大編『21世

紀日本のネオ・コミュニティ』,東京大学出版会,1993年、を参照のこと)。まず

利益誘導型の議員や地域リーダーを排除していく作業が貫徹されなければならない。

新しい自治の組織は理念的には、自らの理性をもってのみ自治体に奉仕する人々の

集合すなわち議会に他ならない。すなわち「議会主義」の現代的な再構築が課題と

されるのである。

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